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神奈川県は茅ヶ崎市にある 腰掛神社にお参り。いつも仕事の移動で行先案内の看板はあるが神社の場所がイマイチが分からず今日は仕事で会社に戻り途中で寄ってみました。
(仕事中でのお参りは初めて。仕事優先してるので)
場所的にあまり参拝してる人はいないと思うが綺麗に手入れされてました。地元住人に愛されてる神社なのが分かります。今度は仕事じゃない日にもう一度行こう!!!
ちなみに御朱印の書置き ありました。
腰掛神社の由来。(コピペですみません。)
腰掛神社の創建年は不明ですが、第十二代景行天皇の皇子であらせられます日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が、東国征討に向かう際、この地で大きな石に腰掛け暫し休息を取られました。
その後に、この地の村人が日本武尊を偲び、その腰掛けたという大石を御神体として祭り、創建されたのが腰掛神社の始まりとされます。









茅ヶ崎市芹沢の鎮守になります。日本武尊が東征のため相模国から上総国に向かう途中、ここで休憩され腰をかけられたことが社名の由来となっています。ご祭神は日本武尊です。社殿前にその腰掛石がありご神体となっています。
ところが、新編相模国風土記稿には「大庭の神腰掛けし旧跡」とあります。さらに寒川神社小誌によると、腰掛神社は寒川神社の末社でご祭神は寒川大神。「寒川大神腰掛石」と記載されています。これらの資料やネットの情報等から、おそらく明治初期に祭神の変更があったのではないかと思います。(あくまで私見です。現在の公式情報は日本武尊です。)
宮原の寒川社で取り上げた、芹沢地方に伝わる伝説として
『寒川大神はいずれの地方からか相模国へ来てこの芹沢の地にしばらく逗留され、それから間もなく、宮原という地に移った。寒川大神はやがて宮原の地も去って、最後に現在の寒川神社のあるところに移り長く居住した。』
というのがありましたが、相模の古社の著者は、これは相武国の初代国造の「茅武彦命(かやたけひこ)」を神格化しての伝説ではないかと考えておられます。
茅武彦命は伊勢津彦命の3世孫で、西方より来て国土を開いたといわれています。
さらに、伊勢津彦命は出雲神の子で別名を出雲建子命といいます。つまり、茅武彦命は出雲氏の一族であるともいえます。そうなると、風土記稿にあった「大庭の神」ともつながりそうです。
出雲で大庭といったら、松江市大庭町に鎮座する神魂神社(かもすじんじゃ)が通称「大庭の大宮」と言われています。
茅ヶ崎市のお隣の藤沢市には、式内社「大庭神社」があります。現在は大庭景親公の印象の方が強いのかもしれませんが、古くは出雲氏と関係があるのかもしれません。
いろいろ書きましたが、腰掛神社は寒川神社と深い関わりのある神社だということです。
でも、寒川大神=茅武彦命=大庭の神とは思わないです。ただ、1つの説として興味深く、可能性はありそうだなぁと思いました。
(参考文献)
・寒川神社小誌
・国造本紀
・相模の古社
・茅ヶ崎市史3(考古・民俗編)



『青面金剛像』



手水舎

社務所


厳かで神秘的な空間でした。
参拝者もほどほどでゆっくりできました。








『腰掛石』

『末社』
右側が天照皇神宮でもう一社はわからず😵

『神輿殿』

おみくじ



神楽殿


風がないのにずっと花びらがひらひら舞っていて幻想的でした✨



近くには茅ヶ崎里山公園があります。
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