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北口本宮冨士浅間神社のお参りの記録一覧
山梨県 富士山駅

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のぶさん
のぶさん
2021年12月11日(土)1661投稿

新倉富士浅間神社を出たのが17時少し前でしたので社務所は閉まってると思いましたが、何故か高速のインターに向かわず左折して最後に北口本宮冨士浅間神社を参拝することに。
北口本宮冨士浅間神社は以前から特別な空気感を感じていて気軽に立ち寄ることは自分でも遠慮していたのですが、この日は引き寄せられるようにハンドルを切りました、到着したのは日が暮れる直前。
楼門を潜ると他の参拝者も居ない境内に、昼間山宮浅間神社でお会いした女性が黄金色に輝く銀杏の木の前に佇んでいました、自分を見つけると笑顔で近づいてきて、此処に居れば必ずまた会えると思ってましたと…
お互いに木花咲耶姫様のお導きで再会できたと認識があり、暗くなってましたが一緒に境内の摂社、末社を参拝させていただき、最後に月明かりに照らされた拝殿へ。
2時間程お話しながら参拝してる中で偶然にもお互いに大切な人を同時期に亡くしていたことが発覚❗️神様ではなく故人が引きあわせてくれたものかなとも感じました。その方も同じようなこと仰ってました。
別れ際にお互いの連絡先を交換して、それぞれ帰途に。なかなか不思議な体験をした一日でした。
その後はお互い参拝した神社を紹介するような神社仲間として連絡はさせていただいてますが、お互いに連絡して何処かで会うつもりは無いと思います。神様や故人の導きにより、また会うことできたらそれはそれで奇跡のような出会いなのかもしれません。
奇跡は自分が願わなければ起きないと思うので、地方の神社と同じで一期一会ですね。

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のぶさん
のぶさん
2021年09月12日(日)1661投稿

北口本宮富士浅間神社は、他の浅間神社とは一線を画していて気軽に立ち寄れない感じを受けてしまい、なかなか訪れられない神社です。悪い意味ではなくあくまで個人的な感想です😆
言葉では表現しにくいのですが、きちんと参拝したい素敵な場所です。
浅間神社巡っていると殆どの神社では木花咲耶姫の優しい気に満ちてるのですが時折厳しさを感じる場所もあります。そこが浅間神社の魅力なのかも知れません。

富士山信仰のメッカとも言える「北口本宮冨士浅間神社」には、こんな由緒があります。
――富士山は活火山、昔の人にとって、ひんぱんに起こる噴火は大きな脅威でした。最も古い記録として、天応元年(781)駿河国(静岡県)に「噴火の降灰によって木々の葉がボロボロになった」と『続日本紀』に見られます。奈良時代末期から平安期にかけて富士山の噴火活動は活発化。貞観6年(864)の大噴火の頃、人々は富士山を「浅間大神」と呼ぶようになります。やがて人々は鎮火祈願の儀式へとかり立てられ、それが噴火の山の「アサマの神」を祀る「浅間神社」となるのです。
北口本宮冨士浅間神社が現在地に建立されたのは、景行天皇40年(110)、日本武尊東征の折、当地の「大塚丘」(西側登山鳥居から南に400mほど)に立ち寄り、美しい富士を仰ぎ「この地より拝すべし」と勅した、という言い伝えによるそうです。現在の大塚丘は雑木林に囲まれてうっかりすると見落としてしまいそうですが、「日本武尊を祀る小さな祠は、パワースポットとして人気です。
天応の噴火を機に、延暦7年(788)、甲斐国守の紀豊庭が現在地、大塚丘の北側に社殿を建立、富士山を拝み祭祀を行うために浅間大神を祀りました。時代は下り永禄4年(1561)、武田信玄が再建した社殿が「東宮本殿」で、現存する中では最も古く本殿東側にあります。現在の本殿は、元和元年(1615)鳥居土佐守成次殿の創建によるもの、拝殿奥にある壮麗な内部は残念ながら一般公開されていません。

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