はぐろさんごじゅうのとう
羽黒山五重塔(出羽三山神社)のお参りの記録一覧
16年前、石段を出羽三山神社まで登って以来です。今回は五重塔を目的に参りました。随神門から継子坂を下ると神域の圧が徐々にかかってくるような気がいたします。
明治までは仁王尊が祀られ“仁王門”だった随神門
門をくぐり、この先の坂を下ります。
神橋
圧倒される爺杉の存在感
爺杉の足元から
神橋と下居社
須賀瀧
出羽三山神社参道にある国宝・羽黒山五重塔に参拝。こけら葺き屋根改修工事を9月までやっていたので屋根は新しくなっているそうだ。御朱印は随神門前の社務所で書込みでいただきました。
国宝・羽黒山五重塔〜こけら葺き屋根改修工事終了
国宝・羽黒山五重塔〜祓川と須賀の滝、神社は祓川神社と岩戸分神社
国宝・羽黒山五重塔〜祓川にかかる赤い神橋
国宝・羽黒山五重塔〜随神門、ここから参道の石段2446段が続く
国宝・羽黒山五重塔〜爺スギ・樹齢1000年以上とのこと、昔はそばに婆スギもあったそうだが明治期に台風で倒れてしまったそうだ
国宝・羽黒山五重塔〜御朱印
山形県鶴岡市羽黒町手向、出羽三山神社の山門に所在する、羽黒山五重塔、羽黒山にある室町時代建立の五重塔です、主祭神は大国主命、社格等は出羽神社末社、出羽三山のそれぞれの山は、「羽黒山=現在」「月山=過去」「湯殿山=未来」と見立てられ、この三山をめぐることは死と再生を辿ると神聖な場所に相応しい景観です、羽黒山参道、“一の坂”上り口の杉並木の中にある。東北地方では最古の塔といわれ、約600年前に再建されたものといわれる。昭和41年には国宝に指定された。平安時代中期の承平年間(931年 - 938年)平将門の創建と伝えられているが定かではない。『羽黒山旧記』によれば応安5年(1372年)に羽黒山の別当職大宝寺政氏が再建したと伝えられる。慶長13年(1608年)には山形藩主最上義光(もがみよしあき)が修理を行ったことが棟札の写しからわかる。この棟札写しによれば、五重塔は応安2年(1369年)に立柱し、永和3年(1377年)に屋上の相輪を上げたという。
塔は総高約29.2メートル、塔身高(相輪を除く)は22.2メートル。屋根は杮(こけら)葺き、様式は純和様で、塔身には彩色等を施さない素木の塔である。
明治時代の神仏分離により、神仏習合の形態だった羽黒山は出羽神社(いではじんじゃ)となり、山内の寺院や僧坊はほとんど廃され、取り壊されたが、五重塔は取り壊されずに残された数少ない仏教式建築の1つである。江戸時代は五重塔の周囲には多くの建造物があったという。近世までは塔内に聖観音、軍荼利明王、妙見菩薩を安置していたが、神仏分離以後は大国主命を祭神として祀り、出羽三山神社の末社「千憑社(ちよりしゃ)」となっている。近くには樹齢1000年、樹の周囲10mの巨杉“爺杉”がある
🪐宇宙のエネルギーが充満🌏
🟢威厳に満ちた塔から運気上昇のパワーを頂く🟣
⭐️✨国宝 羽黒山五重塔✨⭐️
過去ログになります。
出羽三山は参拝することで悩みや苦しみ、邪心を断ち、新しい命をいただき、よみがえりが果たせる山🏔️と言われているそうです。
『新しい自分に生まれ変わりたい』そんな方にマストな場所です。五重塔は羽黒山参道、“一の坂”上り口の杉並木の中にあります。東北地方では最古の塔といわれ、平将門の創建と伝えられています。現在の塔は、約600年前に再建されたものといわれ、高さが29.0mの三間五層杮葺素木造で、昭和41年には国宝に指定されました。近くには樹齢1000年、樹の周囲10mの巨杉“爺杉”があります。
💡この五重塔の立つ場所が、羽黒山内でもっとも
『🌏宇宙エネルギー🪐』がみなぎる縁起の良い場所なんだそうです😊
ここから、山頂の出羽三山の御祭神を祀る『三神合祭殿』への石段を2446段💦💦登りますよ〜😁
次の投稿に続きます。是非、ご覧ください。
切り絵御朱印(素敵💓)
御朱印
🟢国宝 羽黒山五重塔🟢
🪐パワーを感じまくりです🌏
🌲爺スギ(国の天然記念物)🌲
山形県のおすすめ2選🎌
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