せいがんとじ|天台宗|那智山
青岸渡寺のお参りの記録一覧
青岸渡寺様は仏教伝来以前の四世紀にインドから熊野に漂着した裸形上人が那智の滝で修行中に滝壷から八寸の観音像を感得し、草堂をむすんでこれを安置したのが始まりと伝えられています。
その後、7世紀頃に大和国から生仏という僧が来て、約3メートルの如意輪観音の木像を彫り、裸形上人が得た観音像を胸に納めて御本尊とし、正式に本堂が建立されたそうです。
御本尊を如意輪観音とすることから如意輪堂とされました。
現在は熊野那智大社様という御社様と青岸渡寺様という御寺様が軒を並べていますが、以前は神社と寺院とに分離できるようなものではなく、神と仏は渾然一体としていたそうです。
しかし、明治の神仏分離令により仏道や修験道が切り捨てられ如意輪堂は空堂となってしまいました。
その僅か数年後、山内外の人々の願いが叶い那智大社様から独立、天台宗の寺院「青渡岸寺」として復興され現在に至られています。
やはり境内から那智の滝が見えるのは特別感が違いますね(^^♪
那智の滝を後に、次は那智山青岸渡寺へ。
霊場でいえば、
西国三十三箇所観音霊場 第1番
熊野曼陀羅三十三ヶ所霊場 第19番
神仏霊場巡拝の道 第2番
熊野三山 第2番
東海近畿地蔵霊場特別札所 など
盛りだくさんですねー😆
時間は10時過ぎ、もうね、この酷暑で古道を歩くのは、絶対にやめとこうということで、
今回は、有料の防災道路を通って青岸渡寺駐車場まで🚗
到着して、まずは素晴らしい景色に感動しながら、ボーっと(笑)
またこちらから見る那智の滝も絶景ですな🤩
毎回思うけど、お寺の境内に漂うお線香の煙と香りは本当に落ち着きます😌
余韻に浸りながら、お参りさせていただきました🙏
鬼灯(ほおずき)がクルクル回って綺麗でした🤗
旅行のパンフレット風に撮ってみました(笑)
仁徳天皇の時代、インドからの渡来僧·裸形上人
が那智の滝の滝壺から如意輪観音像を見つけ、御本尊として安置したのが始まりと伝えられています。
隣接する熊野那智大社と一体化し、神仏習合の
修験道場でした。後に花山法皇が三年間参篭し、当寺を第一番札所として西国三十三所観音霊場をつくっていきました。明治時代になり、神仏分離政策が行われた際、青岸渡寺は西国三十三所第一番札所ということで、壊されることを免れました。
西国三十三所観音霊場。
和歌山3大阪府4奈良県4京都府11滋賀県6兵庫県4岐阜県1にまたがっています。番外札所3(法起院·奈良県、元慶寺·京都府、花山院·兵庫県)
初めて青岸渡寺さんにお参りしたのが2006年1月15日。お軸をいただいた時の高揚した気持ち、今でも覚えています。
今日から8巡目のお参りとなります。
西国三十三所観音霊場第1番札所
山号:那智山
宗派:天台宗
御本尊:如意輪観世音菩薩
創建:伝·仁徳天皇時代(4世紀)
開創:伝·裸形上人
ご本堂
かつては如意輪堂と呼ばれていました。
1590年(天正18年)再建
いただいた御朱印です。
和歌山県のみなさ~ん こんにちは~。西国三十三所巡りで ようやく和歌山にお参りできました。
いやぁ遠かったです。大阪府を通り抜けて和歌山県までは良かったのですが 青岸渡寺まではぐるっと下道を回るので4時間ほどかかりました。ですが 途中いろいろ素晴らしかったです。
道の駅も 太平洋の景色も 人々の優しさも。で 青岸渡寺に続く道から見る那智の滝は圧巻でした。すごすぎです。駐車場に車を停めて しばらく見とれていました。
さて 青岸渡寺はと言うと 皆さんご存じの通り西国三十三所の1番札所です。
1番札所なのに 遠方だったため ずいぶん後回しにしてしまっていました。
山だからでしょうか 急に雨が降ってきました。朝は晴れていたのに。
少々残念な気持ちでお参りしたのですが 本堂を含む建物が見事でした。
本堂内陣は写真撮影不可でした。素敵でした。
少し離れた場所に三重塔があり そちらにも伺いましたが 那智の滝を見て感動しました。音も聞こえてくるのが驚きでした。
山号は那智山 宗旨は天台宗 ご本尊は如意輪観音 創建年は伝・仁徳天皇治世(4世紀) 開山は伝・裸形上人です。
由緒については
熊野三山の信仰が都の皇族・貴族に広まったのは平安時代中期以降であり 青岸渡寺および隣接する熊野那智大社についても創建の時期等については判然としない。
伝承では仁徳天皇の時代(4世紀) 天竺(インド)から渡来した裸形上人による開基とされ 同上人が那智滝の滝壺で得た金製の如意輪観音菩薩を本尊として安置したという。
後に推古天皇の勅願寺となり 6世紀末 - 7世紀初に生仏聖(しょうぶつひじり)が伽藍を建立し 丈六の本尊を安置して その胎内に裸形上人感得の如意輪観音菩薩を納め 如意輪堂を建立したという。
中世から近世にかけて隣接する熊野那智大社と一体化し 那智山熊野権現や那智権現と呼ばれ 全体で7寺36坊もの坊舎を有する神仏習合の修験道場であった。
如意輪堂と称されたその堂舎は那智執行に代表される社家や那智一山の造営・修造を担う本願などの拠点であった。
花山法皇が三年間参篭し 当寺を第一番として西国三十三所観音を巡礼した。
とありました。
駐車場にある石柱
平清盛公参拝の絵
鐘楼
水子堂
信徒会館
仁王門
金剛力士の裏には狛犬
仁王門から見た景色
本堂に続く石段
花手水 やはりアジサイですね
石碑
由縁
境内図
本堂
500年ほど前の建物 重要文化財
扁額も見事
花山法皇巡礼の絵
大黒天堂
内陣も少し
行者堂 特別御朱印もあります
熊野古道 の一部
少し離れた場所に 三重塔
由縁
龍の手水
三重塔の内部に仏様
同じく
遠くに見える那智の滝 音が聞こえます
本堂の方を見て
三重塔の内部に阿弥陀如来像
説明
聖衆来迎図
説明
瀧寿庵
西国三十三所巡礼(二巡目)
・世界遺産登録20周年記念して熊野三山協議会が作製した朱印帳をいただき、参拝させていただきました。三山一寺すべての御朱印を集め記念品もいただきました。
三山一寺巡拝の記念品(木札、熊野の水)
三山一寺巡拝の記念品(ポストカード)
三山一寺巡拝の記念品(ポストカード)
和歌山出張で今日は休日だったので、レンタカーを借りて2015年の秋以来で8年5ヶ月ぶりでおまいりに行きました。
御朱印と一緒にいただきました。
前回は御朱印はいただいていないので、初の御朱印です。
直書きで、納経料は300円でした
南紀の寺院巡りの2寺目は、1寺目の補陀洛山寺と同じく那智勝浦町に在る西国三十三観音霊場 第1番札所の那智山 青岸渡寺です。
天台宗で、本尊は如意輪観音。
昨年の2月3日に参拝しておりますので、ほぼ1年振り。西国三十三観音霊場を巡礼している身としては行かない訳にはいきません。(前回分は投稿済ですので宜しかったら見てやって下さい。)
4世紀頃にインドから渡来した裸形上人が那智滝で修行中に如意輪観音を感得し、草庵を造り観音像を祀ったのご開基とされる。後の6世紀末~7世紀初に生仏という聖が来山して修行すると裸形上人が夢に現れ、お告げにより丈六の如意輪観音を造り、胎内に裸形上人感得の如意輪観音像を納め、お堂を建立したと伝わります。その後、那智の滝を中心とした神仏習合の一大修験道場だったが、明治初期の神仏分離により青岸渡寺と熊野那智大社に分離し、現在に至ります。
麓にある補陀洛山寺(補陀洛山寺は青岸渡寺の末寺)から約8km、信号が1つもない舗装路を進めば那智の滝周辺の駐車場です。今回は民間の駐車場に停めました。(青岸渡寺の駐車場もある。料金は800円だが467段の石段を上がるのが難しい年配の方や足の悪い方は利用されるとよいと思います。)
前回から余り変わりがない文章になってしまいますので省略しますが(撮った写真も変わり映えせず)、昨年10月に行者堂が落慶しましたので行きました。鐘楼の奥の大黒堂の横に建てられました。真新しくとても綺麗なお堂でした。須弥壇真ん中には役行者が祀られていました。
御朱印(軸装納経帳)
参道入口
参道 数えていませんが467段あるそうです
仁王門
阿形
吽形
仁王門の裏側 狛犬の阿形・吽形
手水
本堂
那智の滝と三重塔
宝筐印塔
鐘楼
大黒堂(那智大黒天)
2023年10月落慶の行者堂
西国三十三ヶ所観音霊場の中では、日本最南端。
天竺(インド)からの渡来僧裸形上人が、那智の大滝で修行中、滝壺に八寸の観音菩薩を感得し、草庵をつくり安置したのが始まりとされています。
平安中期から鎌倉時代、"蟻の熊野詣"と言われたほど、お参りする人で賑わったそうです。
熊野古道の石畳を少しの距離歩いたことがありますが、昔の人に思いを寄せることができる場所です。🤔
西国三十三ヶ所観音霊場 第1番札所
山号:那智山
宗派:天台宗
御本尊:如意輪観世音菩薩
創建:仁徳天皇時代(4世紀)
開基:裸形上人
ご本堂
階段をたくさん上がった先にあります。周りの山々を見渡すと、深呼吸したくなります。🙌
いただいた御朱印です。
今日は"初観音"。有り難い。🙏
和歌山県のおすすめ❄️
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