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名鉄御朱印めぐり御朱印帳発売中

せいがんとじ|天台宗那智山

青岸渡寺

和歌山県 那智駅

参拝時間:5:00〜16:00/三重塔:8:30〜16:00

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0735-55-0404

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(1種類)

青岸渡寺では、4種類の御朱印をいただけます。 
そのなかからホトカミに投稿された「普照殿」の御朱印を紹介します。

普照殿の御朱印

300円

真ん中に普照殿と書かれ、右上に西國第壹番札所の印、真ん中に那智山の文字が入った蓮華座に梵字(如意輪観音)の火焔宝珠印、左下に那智山の文字、那智山納経所の印が押されています。
普照殿(ふしょうでん)とは、「観音様の御慈悲が普(あまね)く明るく世間を照らすお堂」という意味で、青岸渡寺本堂には秘仏本尊如意輪観世音菩薩像が安置されていて、年に3回(2月の節分、4月の開山祭献茶法要、8月のお盆精霊追善大法要)御開帳されます。

限定御朱印(1種類)

西国三十三所草創1300年記念特別印 普照殿の御朱印

300円
直書き
2017年1月~2022年3月

真ん中に普照殿と書かれ、右上に西國第壹番札所の印、真ん中に那智山の文字が入った蓮華座に梵字(如意輪観音)の火焔宝珠印、左上に西国三十三所草創1300年青岸渡寺の記念特別印、左下に那智山の文字、那智山納経所の印が押されています。
西国三十三所は近畿圏を包括する日本最古の観音巡礼路です。
草創1300年記念特別印は各寺院オリジナルのもので、納経帖に朱印する際に押印していただけます。

御朱印帳(3種類)

青岸渡寺では、オリジナル御朱印帳のほか、西国三十三観音霊場納経帖が頒布されています。

オリジナル御朱印帳

1,500円
約18×12cm
緑、赤、黄

緑色の地に、表面は三重塔と那智の滝がデザインされ、左上に集印帳の文字が入っています。
青岸渡寺本堂(如意輪堂)を北に進むと、 日本三大名瀑「一の滝」として名高い「那智の滝」を遠景に鮮やかな朱で彩られた三重塔がそびえ立っており、絶好の撮影スポットになっています。
また、三重塔の2階3階は展望台になっていて、滝壺も含む那智大滝の全貌を拝むことができます。

西国三十三観音霊場納経帖

緑色の地に托鉢僧が描かれた紐綴じの御朱印帳で、表面は左上に西国三十三観音霊場納経帖の文字が入っています。

那智山改訂西國三十三観音霊場納経帖

蓮華柄の御朱印帳で、左上に那智山改訂西國三十三観音霊場納経帖の文字が入っています。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、本堂内の納経所でお受けできます。

御朱印の受付時間は5時~16時。

詳しくは那智勝浦観光機構サイトをご確認ください。

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御朱印について
御朱印
あり

真ん中に普照殿、左に那智山と書かれ、右上に西国第壱番札所の印、真ん中に梵字の印、左下に那智山納経所の印が押されています。
西国三十三所第一番札所の御詠歌の御朱印、那智七福神の大黒天の御朱印、三重塔円通殿の御朱印があります。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

巡礼

神仏霊場巡拝の道西国三十三所霊場
西国三十三箇所観音霊場第1番札所
神仏霊場巡拝の道・第2番
東海近畿地蔵霊場特別札所
東海白寿三十三観音特別札所
熊野曼陀羅三十三ヶ所霊場第19番札所

青岸渡寺について

太閤・秀吉も愛した壮麗なる寺院。那智の滝とのコントラストも絶妙


西国三十三ヶ所第一番札所

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四季
2021年10月09日(土)
287投稿

【西国三十三所】第一番

那智山 青岸渡寺

山号  那智山
宗旨  天台宗
本尊  如意輪観音
創建年 仁徳天皇治世(4世紀)
開山  裸形上人
正式名 那智山 青岸渡寺
札所等
西国三十三所第1番
神仏霊場巡拝の道第2番(和歌山第2番)
東海近畿地蔵霊場特別
東海白寿三十三観音特別
文化財
本堂、宝篋印塔、那智山経塚出土品8点(重要文化財)、熊野三山(史跡)

参道入口より本堂(標高330m付近)の段まで473段の石段があり、所要約20分弱。熊野那智大社の一ノ鳥居との分岐を右へ進むと当寺に至る。

本堂(重要文化財) - 天正18年(1590年)建立 桁行九間・梁間五間、一重・入母屋造、向拝一間、こけら葺 如意輪堂
鐘楼 - 梵鐘は元亨4年(1324年)の鋳造
宝篋印塔(重要文化財) - 元亨2年(1322年)銘 高さ4.3m。
如法堂(大黒天堂)
山門(仁王門) - 1933年(昭和8年)再建。

~・~・~・~

三十三箇所すべて揮毫があります。
「三十三」とは、『妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五』(観音経)に説かれる、観世音菩薩が衆生を救うとき33の姿に変化するという信仰に由来し、その功徳に与るために三十三の霊場を巡拝することを意味し、西国三十三所の観音菩薩を巡礼参拝すると、現世で犯したあらゆる罪業が消滅し、極楽往生できるとされる。 文化庁の令和元年度「日本遺産」の16件(累計83件)の一つに、『1300年つづく日本の終活の旅〜西国三十三所観音巡礼〜』が認定された

養老2年(718)、大和長谷寺の開山徳道上人は、病にかかって仮死状態になった際、冥土で閻魔大王と出会います。閻魔大王は、世の中の悩み苦しむ人々を救うために、三十三の観音霊場を開き、観音菩薩の慈悲の心に触れる巡礼を勧めなさいと、起請文と三十三の宝印を授けました。現世に戻った徳道上人は、閻魔大王より選ばれた三十三の観音霊場の礎を築かれましたが、当時の人々には受け入れられず、三十三の宝印を中山寺の石櫃に納められました。

憧れの巡礼路「西国」の由来。

西国三十三所の総距離は約1000㎞に及び、和歌山、大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀、岐阜と2府5県にまたがります。また、中世日本の首都であり文化の中心であった京都に、三十三所のうち三分の一の札所寺院が集中していることから、憧れの巡礼路として、その人気は全国に広がりました。やがて遠方により巡礼が困難な人々のために、各地に写し霊場が創設されます。西国三十三所とあわせて日本百観音霊場に数えられる坂東三十三所、秩父三十四所は、その代表的な巡礼路です。西国三十三所の「西国」は、当時憧れであった最古の巡礼路が坂東から見て西にあったことからきています。

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8

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歴史

その開基は仁徳帝の頃(4世紀)、印度天竺の僧、裸形上人が那智大滝において修行を積みその暁に瀧壷で八寸の観音菩薩を感得し、ここに草庵を営んで安置したのが最初です。 
その後、200年推古天皇の頃、大和の生佛上人が来山し、前述の話を聞き一丈(3m)の如意輪観世音を彫み、裸形上人が感得した八寸の観音菩薩を胸佛に納め勅願所として正式に本堂が建立されたのです。 
平安朝中期から鎌倉時代は、「蟻の熊野詣」といわれ、熊野三山の信仰が盛んになり、この時、65代花山法皇が三年間山中に参籠され那智山を一番にして近畿各地の三十三観音様を巡拝されましたので、西国第一番礼所となりました。 
現在の本堂は、織田信長南征の兵火にかかり、天正18年(1590)豊臣秀吉によって再建され、桃山時代の建築をとどめ紀南で一番古い国指定の重要文化財建造物で、この堂の高さは18mで、大滝の落口の高さと同じであるといわれています。 
青岸渡寺尊勝院は、那智山開山の裸形上人像と如来像を安置。中世以降は天皇、皇族の熊野詣での宿泊所にあてられていました。不開門は同院の入り口にある唐破風の四脚門で有名。なお、大正7年に那智の滝参道口・沽池と呼ばれるところから発掘された、飛鳥・白鳳時代から鎌倉時代初期にかけての熊野信仰を知る貴重な那智経塚出土品のうち、白鳳、奈良時代の観音菩薩立像、また藤原時代後期の金剛界三昧耶形(曼荼羅を立体的に表現)が国指定重文になっています。境内からは那智の滝、那智原始林、太平洋の眺めもよく、鎌倉時代の重文・宝篋印塔(4.3m)や梵鐘があります

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青岸渡寺の基本情報

住所和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8
行き方

紀伊勝浦駅から熊野交通路線バス「那智山行き」で、約30分、終点バス停下車、徒歩15分(石段が続く)

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名称青岸渡寺
読み方せいがんとじ
参拝時間

参拝時間:5:00〜16:00/三重塔:8:30〜16:00

参拝料

境内無料、三重塔300円

御朱印あり

真ん中に普照殿、左に那智山と書かれ、右上に西国第壱番札所の印、真ん中に梵字の印、左下に那智山納経所の印が押されています。
西国三十三所第一番札所の御詠歌の御朱印、那智七福神の大黒天の御朱印、三重塔円通殿の御朱印があります。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0735-55-0404
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.kumano-sanzan.jp/seigantoji/

詳細情報

ご本尊如意輪観世音菩薩
山号那智山
宗旨・宗派天台宗
創建時代仁徳天皇時代(313〜399)
開山・開基裸形上人
札所など

西国三十三箇所観音霊場第1番札所
神仏霊場巡拝の道・第2番
東海近畿地蔵霊場特別札所
東海白寿三十三観音特別札所
熊野曼陀羅三十三ヶ所霊場第19番札所

ご由緒

その開基は仁徳帝の頃(4世紀)、印度天竺の僧、裸形上人が那智大滝において修行を積みその暁に瀧壷で八寸の観音菩薩を感得し、ここに草庵を営んで安置したのが最初です。 
その後、200年推古天皇の頃、大和の生佛上人が来山し、前述の話を聞き一丈(3m)の如意輪観世音を彫み、裸形上人が感得した八寸の観音菩薩を胸佛に納め勅願所として正式に本堂が建立されたのです。 
平安朝中期から鎌倉時代は、「蟻の熊野詣」といわれ、熊野三山の信仰が盛んになり、この時、65代花山法皇が三年間山中に参籠され那智山を一番にして近畿各地の三十三観音様を巡拝されましたので、西国第一番礼所となりました。 
現在の本堂は、織田信長南征の兵火にかかり、天正18年(1590)豊臣秀吉によって再建され、桃山時代の建築をとどめ紀南で一番古い国指定の重要文化財建造物で、この堂の高さは18mで、大滝の落口の高さと同じであるといわれています。 
青岸渡寺尊勝院は、那智山開山の裸形上人像と如来像を安置。中世以降は天皇、皇族の熊野詣での宿泊所にあてられていました。不開門は同院の入り口にある唐破風の四脚門で有名。なお、大正7年に那智の滝参道口・沽池と呼ばれるところから発掘された、飛鳥・白鳳時代から鎌倉時代初期にかけての熊野信仰を知る貴重な那智経塚出土品のうち、白鳳、奈良時代の観音菩薩立像、また藤原時代後期の金剛界三昧耶形(曼荼羅を立体的に表現)が国指定重文になっています。境内からは那智の滝、那智原始林、太平洋の眺めもよく、鎌倉時代の重文・宝篋印塔(4.3m)や梵鐘があります

体験世界遺産重要文化財札所・七福神巡り

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