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だいえんいん|高野山真言宗

大圓院
和歌山県 高野山駅

駐車場
正面の対面に無料駐車場あり(10台・バス3台)
御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

正面の対面に無料駐車場あり(10台・バス3台)

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れん太郎
れん太郎
2026年07月05日(日)2150投稿

次に向かったのは大圓院様です。

御本尊は阿弥陀如来をお祀りされています。

大圓院様は901年頃に理源大師 聖宝によって
創建されました。
聖宝は弘法大師 空海の末弟である法光大師 真雅の
弟子です。真雅の元で出家した聖宝は大和の元興寺や
東大寺で顕教という当時の一般的な仏教の学問である
三論宗や法相宗などを熱心にを学んだ後に京都の
貞観寺の真雅の元に戻り真言密教を深く学びます。
そして高野山へ登り弘法大師 空海の甥の真然より
真言密教の奥義を学びます。
874年に京都の笠取山(現在の醍醐山)の山頂に登った際に横尾大明神から「ここから湧き出る水は仏の
最高の教え(醍醐味)の味がする」と告げられます。
聖宝はお告げに従い草庵を結びます。そして自身で
彫った准胝観音と如意輪観音の像を安置しました。
これが醍醐寺様(上醍醐)の始まりです。
その後 醍醐天皇の勅願を受け国家の安泰を祈る
寺院として薬師堂等が建てられ 醍醐寺は巨大寺院へ大発展を遂げます。
理源大師 聖宝は東大寺様の別当や東寺様の
長者に上り詰め人生の総仕上げとして高野山に
「多聞院」(大圓院)を開きます。
功成り名を遂げた高僧となって尚 晩年になって再び
厳しい修行の地である高野山や吉野の山に目を向けた
生き様は修行僧としての初心を忘れない凄まじさを
感じます。

大圓院様に祀られている阿弥陀如来立像は平家物語の
悲恋の主人公の第8代住職の瀧口入道が自ら彫った
物と伝えられています。
出家した瀧口入道を諦めきれず はるばる高野山まで
追ってきた恋人の横笛。
しかし 瀧口入道は「修行の妨げになる」と涙をのんで
面会を拒絶し横笛は失意のまま都へ戻り亡くなって
しまいました。
横笛の死後に瀧口入道が住む「多聞院」(大圓院)に
一羽の鶯が飛んできて毎日悲しそうに鳴くように
なりました。
「横笛が鶯に生まれ変わって自分に会いに来たのだ」と
悟った入道は彼女の菩提を弔う為に 一心に
阿弥陀如来の像を彫り上げたとされています。

江戸時代初期には戦国大名である立花宗茂が当時の
「多聞院」に深く帰依した縁から彼の院号である
「大圓院殿」に因み現在の「大圓院」という院号に
改められています。

出ててくるエピソードに登場する人物が偉人や有名な
武将ばかり(´▽`)
分かってはいたのですが帰宅後に検索を掛けていると
改めて高野山が偉大だったということを痛感します☆

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大圓院の情報

住所和歌山県伊都郡高野町高野山594
行き方

「小野原通りバス停」より徒歩1分

大圓院の基本情報

名称大圓院
読み方だいえんいん
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0736-56-2009

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.daienin.com/g/
SNS

詳細情報

ご本尊阿弥陀如来像
宗旨・宗派高野山真言宗
創建時代延喜年間(901〜923)
体験
御朱印背景
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