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しょうこうじ|浄土真宗本願寺派

勝興寺のお参りの記録一覧
富山県 伏木駅

沙羅双樹の花
沙羅双樹の花
2025年10月18日(土) 10時03分50秒
535投稿

 勝興寺さん、富山県高岡市伏木古国府にあるお寺さんです。本堂と大広間及び式台が国宝です。

 戦国時代、越中一向一揆の中心勢力として拠点となったお寺さん。NHKの大河ドラマ(「どうする家康」)で当時の"一向一揆"の様子がより身近に理解できるようになったので、今回楽しみに来ました。が、もちろん今は平和そのもの。ここで一揆が起こったんだ···想像力をフルに活用。ワクワクしながらのお参りになりました。

 JR氷見線「伏木」駅下車。地図で場所を確認していると、「勝興寺さんは、ここまっすぐですよ。」と声をかけていただき、スムーズにお寺さんに到着拝観料(500円)を支払い、"音声ガイド"(500円)を申し込みます。操作方法を教えていただきいざ出発。

  山号:雲龍山
  宗派:浄土真宗 本願寺派
 ご本尊:阿弥陀如来
  創建:1471年(文明3年)

勝興寺(富山県)

【総門】

勝興寺(富山県)

【唐門】

勝興寺(富山県)

留め金
職人さんの技が光ります!

勝興寺(富山県)

勝興寺さん七不思議の一つ。

勝興寺(富山県)

勝興寺さん七不思議の一つ。

勝興寺(富山県)

【本堂】
四隅にお堂を支えている猿がいるそうですが、見つからず😓 勝興寺七不思議の一つ
魔除けの柱  勝興寺七不思議の一つ
これは確認できました。一本だけ違う木を利用。その木の傷み具合を見て修繕時期を検討。昔の人の知恵に感心します。😯

勝興寺(富山県)

本堂から見た経堂

勝興寺(富山県)

【式台門】

勝興寺(富山県)

【大広間・式台】

勝興寺(富山県)
勝興寺(富山県)
勝興寺(富山県)

【本堂】
角度をかえて📷️。溜息!

勝興寺(富山県)
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くま
くま
2025年08月22日(金) 11時59分06秒
236投稿

〰️浄土真宗北陸参拝の旅〰️⑤雲龍山勝興寺さま編

昨年九月に参拝して、二回目になります。
浄土真宗本願寺派ですが、切り絵御朱印と通常御朱印と二体頒布されています。
高岡市には国宝のお寺が2つあって、その一つになり本堂と大広間及び式台が国宝になっています。

勝興寺の御朱印

昨年九月十四日参拝じに頂いた直書き御朱印未投稿のため一緒に投稿します。

勝興寺の御朱印

昨年頂いた切り絵の書き置き御朱印になります。
書き手さんが複数人おられるので、直書きの字体を切り絵のと一緒にしたく、事前に連絡して頂きました。

勝興寺の御朱印

切り絵と一緒の方に事前に連絡して、浄土真宗用の下り藤の御朱印帳に頂きました。

勝興寺(富山県)

総門、天保11年(1840)建立
重要文化財に指定されている高麗門〔城郭(23棟)寺院(3棟)〕の中で最大級、しかも豪快で厳めしい彫刻装飾は他に類を見ない。

勝興寺(富山県)

唐門、明和6年(1769)建立 明治26年(1893)京都興正寺より基礎石と共に移築。北陸ではほとんど見られない檜皮葺(ひわだぶき)の屋根。

勝興寺(富山県)

鐘楼堂になります。

勝興寺(富山県)

経堂、文化2年(1805)建立

勝興寺(富山県)

雲龍山勝興寺さま本堂になります。

勝興寺(富山県)

本堂内内陣の様子です。

勝興寺(富山県)

中央には阿弥陀如来さまになります。

勝興寺(富山県)

右脇には親鸞聖人さまになります。

勝興寺(富山県)

左脇には、蓮如上人さまになります。

勝興寺(富山県)

左手のデカロウソク

勝興寺(富山県)

右手のデカロウソク

勝興寺(富山県)
勝興寺(富山県)

鼓堂、享保18年(1733)建立

勝興寺(富山県)

宝蔵、慶応3年(1867)建立
塗籠土蔵で、こけら葺の置き屋根を入母屋造りとした異例の建物である。

勝興寺(富山県)

式台門、寶永2年(1705)
式台門は番所土台から寶永2年の墨書が発見され、大広間に次ぐ古さが確認された。番所出窓の唐破風には文化11年(1814)のこけら葺が、そのままのこされている。木割が太く豪快な薬医門である

勝興寺(富山県)

大広間及び式台

勝興寺(富山県)
勝興寺(富山県)
勝興寺(富山県)

台所

勝興寺(富山県)
勝興寺(富山県)
勝興寺(富山県)

未公開の御内仏

勝興寺(富山県)

未公開の御霊屋

勝興寺(富山県)

手水舎になります。

勝興寺(富山県)
勝興寺(富山県)

御朱印と一緒に頂きました。

勝興寺(富山県)

勝興寺さま国宝指定(令和4年12月12日)記念の切手シート1500円で頂きました。

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のぶさん
のぶさん
2021年10月23日(土) 09時57分23秒
1661投稿

本願寺八世蓮如上人が、文明3年(1471年)越中の布教の拠点として、砺波郡蟹谷庄土山(現在の南砺市福光土山)に土山御坊を開き、蓮如の子孫が代々住職を務めました。本願寺が門跡に任ぜられると他の寺院とともに院家に任ぜられるなど、真宗王国越中における代表的寺院であると同時に、本願寺を支える連枝寺院の一つとして重要な働きをなしてきました。

永正14年(1517年)寺号を本山に申請したところ、佐渡にあって廃絶していた順徳上皇勅願所「殊勝請願 興行寺」を再興相続して、勝興寺と称することを認められました。その後、戦国時代には、越中一向一揆の旗頭として活躍し、越前朝倉氏、甲斐武田氏をはじめとする戦国大名や、本願寺、京都公家などと関係を深めていくようになります。当時の複雑な政治情勢の中で、二度の移転を経た後、天正12年(1584年)に現在地の高岡市伏木古国府に移り、藩政時代に入ると加賀藩前田家と関係を深めるようになり、越中における浄土真宗の触頭として、近代に至るまで繁栄しました。

現在、約30,000㎡の広大な境内には、本堂をはじめとする、12棟の建造物が重要文化財に指定されております。本堂は勝興寺住職より還俗して、加賀藩主第11代を継いだ前田治脩の支援を受け、西本願寺の阿弥陀堂を模して寛政7年(1795年)に建立されました。これら重要文化財12棟は、江戸時代中期から後期にかけて建てられたものです。

伽藍内の建造物は、200年から300年の年月が経過しており、損傷・破損も激しく、このたび、平成の大修理として、文化庁の補助をうけて、平成10年度から約23カ年計画で保存修理事業にとりかかっており、平成16年度に第1期事業として、本堂の修復が完工し、第Ⅱ期修復工事として他11棟の工事が進められています。また、この境内地は、奈良時代の越中国庁の所在地であり、国守として万葉の代表的歌人大伴家持が5年間(746〜751年)この地に赴任し、越中の自然と風土を詠んだ、多くの秀歌が万葉集に収載されております。

勝興寺の山門・神門
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勝興寺の山門・神門
勝興寺の山門・神門
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かっこ
かっこ
2021年03月27日(土) 17時32分09秒
463投稿

浄土真宗本願寺派。1471年本願寺八世蓮如が砺波郡に営んだ土山坊が起源。越中一向一揆の旗頭として威勢を誇った。浄土真宗ですが御朱印を書いて頂きました。

勝興寺の山門・神門

京都興正寺から移築された檜皮葺の唐門。

勝興寺の芸術
勝興寺の仏像
勝興寺のその他建物
勝興寺のその他建物

天から降った石。

勝興寺のその他建物

猿が屋根を支えてるらしい、みえなかった。

勝興寺(富山県)

実らずの銀杏。

勝興寺のその他建物

経堂。

勝興寺の本殿・本堂

本堂。

勝興寺のその他建物

がおー。嘘つきの手を噛むって噂の?

勝興寺(富山県)

南無阿弥陀仏。

勝興寺のその他建物
勝興寺のその他建物

本堂を支えてる天邪鬼。

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かおけん
かおけん
2020年10月28日(水) 13時11分54秒
386投稿

富山県高岡市にある勝興寺を参拝しました。
当日は本堂でコンサートが開かれていました。

勝興寺の本殿・本堂

山門

勝興寺のその他建物

天から降った石
勝興寺 七不思議の一つ

勝興寺の本殿・本堂

本堂

勝興寺のその他建物

屋根を支える猿(写真中央あたり)
勝興寺 七不思議の一つ

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Gauche Ingalls
Gauche Ingalls
2023年11月29日(水) 20時28分23秒
730投稿

#勝興寺

ご本尊という表現は見ないが、アミダ如来を祀る。

#阿弥陀如来

仏様を1尊ずつ紹介する書籍を開くと、なぜかどの本にも彼について、目を疑うようなことの1つや2つ書いてある。

例えば、インドではあまり信仰されていなかったというもの。確実に彼のものだと分かる像は、あちらでは1躰しか発見されていないそうだ。なお別の本では、薬師如来や不動明王についても同様の記述を見た。

他には、チベットでは無量寿如来はアミダ如来ではない、というもの。
日本の本だと、彼は梵語でアミターバまたはアミターユスといい、アミダ如来はこれらの音訳。アミターバを意訳したのが無量光如来で、アミターユスを意訳したのが無量寿如来だと、たいがい言われる。だがチベットの場合、アミダ如来は専らアミターバすなわち無量光如来を指し、アミターユスすなわち無量寿如来は異なる仏様とされているそうだ。

また、西アジアの異教の神様が仏教にとり入れられたものだ、という説もあるらしい。別の本はもっと具体的に、古代イランの太陽神としていた。
そのような仏様はふつう天部というグループに振り分けられるが、例外は驚くほど多い。似た話を、大日如来、地蔵菩薩、勢至菩薩、白衣観音、仏母尊と明王のほぼ全員についても聞いたことがある。

勝興寺の御朱印
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