とらのもんことひらぐう
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楽しみ方虎ノ門金刀比羅宮のお参りの記録一覧
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最近良いことがなく体調が良くないので除災招福をお願いしに行ってきました🐾
昼休みに行こうと思ったら出かけるのが遅くなってバタバタになってしまいました😵
以前お伺いした時には夕方から夜だったので人もいませんでしたが、昼休みは近くのビジネスマンたちがたくさんお昼を食べてました🍚
拝殿の石段にも腰掛けて食べている人がいてびっくり‼️
その横で祝詞とご挨拶をさせていただきました🙏🏼
ここの鳥居は銅で出来ていて柱には青龍、白虎、朱雀、玄武の四神の装飾があります⛩️
手水舎はセンサーになっていて手をかざすと水が出ます💦
柄杓があったので本当は使うんだと思いますが、水が出るかなーって手をかざしたら出たのでそのまま清めさせていただきました😅
末社には喜代住稲荷神社と結神社があります🏠
琴平タワーの横にある不思議な神社です☺️
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金刀比羅神社をご参拝。
金刀比羅神社を調べると、四国のいわゆる金比羅さまで有名な神社がヒットします。
なぜ同じ名前の神社が虎ノ門にあるかというと、1660年に讃岐国丸亀藩主であった京極高和が、当時の藩邸があった芝・三田の地にご分霊し、その後虎ノ門に移ったとのことでした。
なるほど、そのような経緯で金刀比羅神社があるのですね。
当初は、“金毘羅大権現”と呼ばれてましたそうですが、明治二年(1869年)、神仏分離で事比羅神社に、明治二十二年(1889年)には金刀比羅宮に社号を改称し現在に至るとのこと。
大権現とは、東照大権現などでも有名ですが、神仏習合の時代に使われた言葉だったんですね。調べると、権現とは、「仏が人々を救うために日本の神として現れた」という考え方のようで、大権現はその中でも特に崇高な存在とのこと。
確かに神仏分離の明治以降では使用しにくい言葉ですね~。勉強になります。
ただ、現在も、大権現として残っている場所もあり、消えたわけではないようです。

虎ノ門ヒルズから北に徒歩5分くらいのところに鎮座する金刀比羅宮。
「虎ノ門金刀比羅宮」という名前を見ただけで、東京に行ったらここは必ず参拝したいなと思っていました。
と言いつつ、お参りしたい寺社だらけですが・・・
日枝神社から歩くこと約15分で金刀比羅宮に到着。
裏鳥居から入ることになりましたが、まわりは高層ビルに囲まれた境内で、境内はとてもきれいに整備されていました。
拝殿前には銅鳥居があるのですが、左右の柱には四神の彫刻があり魅了されてしまいました。
左の柱には青龍と玄武、右の柱には白虎と朱雀となっていました。
拝殿の斜め向かいには神楽殿があるのですが、金刀比羅宮のHPを見てみると、毎月十日には里神楽が奉納されるそうです。







虎ノ門金刀比羅宮に参拝。新橋駅前のSL広場で開催されていた競輪のイベントを見学したその足で、ふと思い立って足を延ばしました。新橋という街には用事で数ヶ月に一度ほど訪れる程度。世間で言う「新橋サラリーマン」の世界とはまるで別の人生を歩んでいる自分にとって、この街はいつ訪れても少し異国のような、賑わいの熱気を感じる場所です。そういえば、新橋でお酒を飲んだ記憶は生涯で一度きりでしょうか。その一度も、どこか落ち着かないまま過ぎていったような気がします。
そんな新橋の喧噪を後にして、虎ノ門までは徒歩圏内。地下鉄に乗ってもあっという間ですが、街の空気を感じながら歩くにはちょうど良い距離です。新橋と虎ノ門は地図上ではほんの目と鼻の先ながら、街の雰囲気はがらりと変わります。オフィス街の中にあっても、虎ノ門金刀比羅宮の一角は静謐で、時間がゆるやかに流れているようです。
境内に入るとまず目に飛び込んでくるのは、都心の神社としては珍しいほど立派な社殿。磨き上げられた朱の柱と、重厚な屋根の曲線。その姿はまるで都会のビル群に埋もれることなく、自らの存在を誇示しているかのようです。社紋には、金色に輝く「◯に金」の意匠。金毘羅信仰を象徴するこのマークを見ると、初めて四国を訪れた際の記憶が鮮明に蘇ります。あのとき、本宮への長い石段を登りながら見上げた金刀比羅宮の社殿。そのとき感じた達成感と清々しさが、今も心の奥に残っています。
都会のど真ん中にありながら、どこか四国・讃岐の空気を感じさせる虎ノ門金刀比羅宮。喧騒と静寂、現代と伝統が交錯する空間に立つと、不思議と心が落ち着きます。短い時間ながらも、足を運んで良かったと素直に思える参拝となりました。
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