こあみじんじゃ
小網神社東京都 人形町駅
今月、338人がお参りしました
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楽しみ方東京都中央区にある小網神社は、1466年に創建され、強運と厄除けの神として名高い神社です。主祭神である倉稲魂神と市杵島比賣神が祀られており、特に「東京銭洗い弁天」として知られています。境内の「銭洗いの井」で金銭を清めると、そのお金は「種銭」となり、金運を呼び込むと言われています。
また、第二次世界大戦中、出征した兵士が全員無事に帰還した逸話があり、その信仰は今も根強いものです。毎年多くの参拝者が訪れ、行列ができるほどの人気を誇ります。特に初詣や七福神巡りの際には、賑わいを見せ、運気を高める絶好のスポットです。訪れることで、あなたもそのご利益を体感できるかもしれません。
小網神社では、「小網神社」、「弁財天」、「福禄寿」の3種類の御朱印をいただけます。


武蔵国豊島郡入江のあたりに万福庵という観世音と弁財天とを安置する庵がありました。この庵は恵心僧都の開基で、観世音と弁財天も僧都の作と伝えられています。開基の年代は明らかではありませんが、恵心僧都の歴史を考えれば、今からおよそ一千年前ということになります。
文正元年(西暦1466年)、庵の周辺で悪疫が流行し、人々は困り果てていました。そんななか、網師の翁が海上で網にかかった稲穂を持って庵を訪れ、数日間をこの庵で過ごしました。ある夜、庵の開基・恵心僧都が当時の庵主の夢枕にたち、網師の翁を稲荷大神と崇めれば、村の悪疫は消滅することを告げます。 夜が明け、網師翁の姿は庵にはありませんでしたが、庵主は恵心僧都の託宣を村人たちに告げ、翁を小網稲荷大明神と称え、神社を創建して日夜祈願をつづけました。すると間もなく村の悪疫は鎮まり、村人たちは歓喜したといわれています。
領主・太田持資公(道灌)も、この御神徳を聞き、折に触れて、当神社を詣でました。そして土地を寄附し、小網山稲荷院万福寿寺と名づけたと伝えられています。慶長年間(西暦1596~1615年)には、これらにちなみ周辺地域が小網町と名づけられ、当神社を氏神と崇めました。
明治維新後の神仏分離令によって社寺は分離、小網稲荷神社として明治6年7月5日、村社に指定されました。現社殿・神楽殿は、大正期の明治神宮造営の工匠長・内藤駒三郎宮大工一門により、昭和4年に造営されました。その後の戦禍を免れ、現在は日本橋地区に残されている唯一の木造檜造りの神社建築となっています。特に、向拝に施された「昇り龍」と「降り龍」の彫刻は見事なもので、「強運厄除の龍」として拝されています。戦後の宗教法人化に伴い、名称は「小網神社」となりました。社殿・神楽 殿などは現在、中央区の文化財に登録されています。
| 住所 | 東京都中央区日本橋小網町16-23 |
|---|---|
| 行き方 | 東京メトロ日比谷線人形町駅より徒歩5分
|
| 名称 | 小網神社 |
|---|---|
| 読み方 | こあみじんじゃ |
| 通称 | 稲荷堀稲荷 |
| 御朱印 | あり 上部に神社の印、下部に龍の印が入った御朱印です。弁財天、福禄寿の御朱印もあります。黄色地の御朱印帳には社殿に彫刻されている龍のモチーフが入っています。 |
| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 03-3668-1080 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.koamijinja.or.jp/history.html |
| おみくじ | あり |
| お守り | あり |
| 絵馬 | あり |
| SNS |
| ご祭神 | 《主》倉稲魂命,《配》市杵島姫命 |
|---|---|
| ご由緒 | 武蔵国豊島郡入江のあたりに万福庵という観世音と弁財天とを安置する庵がありました。この庵は恵心僧都の開基で、観世音と弁財天も僧都の作と伝えられています。開基の年代は明らかではありませんが、恵心僧都の歴史を考えれば、今からおよそ一千年前ということになります。
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| ご利益 | |
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