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四谷於岩稲荷田宮神社のお参りの記録一覧
東京都 四谷三丁目駅

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アルネ
アルネ
2021年05月04日(火)322投稿

2021.5.3.三度目の緊急事態宣言の中のGWにて。
突拍子もないことを書きますので、もし「桜井識子」さんについて否定的なお考えをもたれている方はこの先はお控えいただくことをお薦めいたします。

こちらの神社とお岩さんのお話が書かれた桜井さんの今年4月の最新刊で、めでたくお岩さんが近々生まれ変わられるとのお話を知り、最後の(?)ご挨拶に来ました。
よく晴れたGWの中日で、前日から今日こそはご挨拶に来なければと心に決めていました。
図らずもこの日は夫が一緒に付いてくると言い出してきて、二人揃っての参拝になりました。
時間は沢山あるし天気もよいので、この日は定期圏内であるJR四谷駅に下りてそこから歩いて行きました。
お年始のご挨拶の時は参拝者が途切れず出入りしていましたし、最新刊でお岩さんの転生が近いとあったので、さぞや参拝者で賑わっているに違いない…と思っていたのですが、10時過ぎにたどり着くと幟もなく、参拝者は私たちだけでした。むしろ我々が来るのが遅すぎたのかもしれません。

夫と並んでお賽銭を入れ、二礼二拍手。私は祝詞をあげました。するとその途中で後方に女性の声が聞こえてきました。最初は後続の参拝者の方かと思い、祝詞の後はしばらく手を合わせてから離れたのですが、どうやら神社にお住いの、ご子孫の方のご様子。
かわいらしい小さなお子さんを連れて散歩に出られているようでした。元気に歩くお子さんと、優しく付き添う女性の様子に癒されました。話しかけようか少し悩みましたが、夫もいたので控えました。
今思えば、お稲荷さまがご縁をくださろうと計らってくださったのかもしれません…うう。それにこれを書いていて気づきましたが、せっかく子どもの日が近いのだから柏餅でもお持ちすれば良かったー!といろいろ反省。
けれど、参拝者の出入りが多いとそもそもお供え物もろくにできない小心者なので、最低限お供えができただけでよかったのかもしれません。

参拝客でないと分かったので、また神前に戻り、しばらくそのままいさせていただきました。改めてもう一度手を合わせて、心からお岩さんの門出を祝福しつつ、その尊い夢が叶うよう祈念して、神社を後にしたのでした。

四谷於岩稲荷田宮神社の狛犬

狛狐さまに一礼。

四谷於岩稲荷田宮神社の狛犬

よかったですね、と心の中で語りかけます。

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アルネ
アルネ
2019年06月29日(土)322投稿

四谷三丁目駅から出て神社に向かう途中、大通りの交差点でガシャンと大きな音。振り向くと、メトロに下りる階段のところでロマンスグレーの男性がいただきもののシャンパン?の瓶を落として割ってしまった様子。同日、中央区の於岩稲荷でお供えした栗まんじゅうとお茶を買ったときのコンビニ袋を咄嗟に差し上げて(おまんじゅうとお茶は移動中に完食済でした)、一緒に破片を拾っていたら、すごく喜ばれて、突然「お花は好きですか?」との質問。意図が掴めず「はい、好きですけど…」と答えると、その時男性が抱えていた両手いっぱいの生花をそっくりそのまま譲ってくれたのでした。なのでその大量の花を抱えて四谷稲荷田宮神社にお参りする格好になったのでした。後々考えたら、あれは先に伺った中央区の於岩稲荷で、この後四谷の方に参りますと伝えてあったので、お稲荷さまが於岩さんを喜ばせるために、私を遣わしたのだろうと思いました。いただいたお花は白と紫の花と、黄色とピンクのガーベラが数本で、法事用と思われる組み合わせで、奇しくも今の於岩さんにピッタリなのでした。こちらの神社でも祝詞をあげて、応援の言葉をかけてお暇しました。四谷の神社ではカラリと明るい気を感じました。私はあまりの急展開に動揺していて、きちんとお花をお見せできなかったのですが、お稲荷さまとお岩さんに届いていたらいいなと願うばかりです。

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sendatsu
sendatsu
2019年11月02日(土)974投稿

 於岩稲荷田宮神社です。道を挟んで少し離れたところには、於岩稲荷陽運寺があります。一般には、それぞれ「四谷怪談」のお岩さんゆかりとされているようですが、田宮神社に立つ東京都教育委員会の解説板によると、実在したお岩さんは夫婦円満だったとのこと。鶴谷南北の戯曲「東海道四谷怪談」はその200年後の作品とのことです。
 ウイキペディア「四谷怪談」の「お岩稲荷」の項には、以下の記述があります。

 現在、四谷左門町には於岩稲荷田宮神社と於岩稲荷陽運寺が、道を挟んで両側にある。また、中央区新川にも於岩稲荷田宮神社がある。
 四谷の於岩稲荷田宮神社(田宮家跡地)は明治12年(1879年)の火災によって焼失して中央区新川に移った。新川の於岩稲荷田宮神社は戦災で焼失したが戦後再建され、また四谷の旧地にも再興された。
 陽運寺は昭和初期に創建された日蓮宗の寺院である。境内には「昭和32年に新宿区より文化財に指定されていたお岩様ゆかりの井戸」があり、また境内にある秦山木の下には「お岩様縁の祠」があったと伝えられている。元々は於岩稲荷田宮神社が中央区新川に移転した際、地元の名物が無くなって困った地元の有志が「四谷お岩稲荷保存会」を立ち上げ、この時、本部に祀ったお岩尊という小祠が大きくなったのが陽運寺の成り立ちである。
 お岩稲荷が複数もできる要因としては単純に儲かるから。歌舞伎俳優は元より、お岩の浮気に対して見せた怨念から、男の浮気封じに効くとして花柳界からの信仰を集めたため、賽銭の他に土産物などで地元経済が潤ったからである。このため、東京日々新聞や東京曙新聞といった明治期の新聞には小川某なる人物が何度ももう一つのお岩稲荷を作ろうと画策したことが、記事として残されている。(新・トンデモ超常現象56の真相)
 ※引用終わり

四谷於岩稲荷田宮神社の鳥居
四谷於岩稲荷田宮神社の周辺

手前が於岩稲荷田宮神社、奥の白いのぼりが於岩稲荷陽運寺

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daisuke
daisuke
2018年09月03日(月)22投稿

再戦‼️笑
土曜17時半に伺ったところ、神主さんがご帰宅‼️
無事に御朱印をいただきました前に来た時にお会いした方だったので、今度から参拝場所に御朱印あるか勇気を持って聞いてみようと思いました‼️笑

四谷於岩稲荷田宮神社の御朱印

欲しかったというと欲丸出しですが。。。笑
いただきたかった御朱印‼️笑

四谷於岩稲荷田宮神社の授与品その他

贅沢言って表紙の短冊にも御朱印と同じ言葉を書いてもらいました!(御朱印帳と表紙にあるから短冊部分をどうするか悩んでました笑)

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