浄土宗
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東京都文京区向丘に位置する浄心寺は、浄土宗に属し、山号を「湯嶋山」、院号を「常光院」と称します。江戸三十三観音霊場の第10番札所、また上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場の第17番札所としても知られ、地域に深く根付いた寺院です。境内には葬儀施設「浄心寺さくらホール」も備えられています。
● 歴史の始まりと移転の背景
浄心寺は、元和2年(1612年)に還蓮社到誉文喬和尚が開山となり、徳川家康の中間頭だった畔柳助九郎武重の協力を得て、湯島妻恋坂付近に創建されました。その後、1657年(明暦3年)の「振袖火事」として知られる江戸の大火で焼失し、現在の文京区向丘に移転しました。
● 江戸時代の特徴と札所の役割
浄心寺は、江戸時代から重要な札所としての役割を果たしてきました。本尊の阿弥陀如来像は、恵心僧都の作と伝えられています。また、地蔵尊像が運慶作とされるなど、歴史的価値の高い仏像を有しています。これらの仏像は、江戸観音札所として多くの人々に信仰されてきました。
● 戦後の復興と発展
第二次世界大戦では空襲により焼失しましたが、第23世住職・小池政雄和尚が「一本足の和尚さん」と呼ばれながらも復興に尽力しました。政雄和尚は、「子育て桜観音」として親しまれる十一面観音像や阿弥陀三尊像をはじめ、数多くの仏像の建立に注力しました。その結果、浄心寺は再び地域の信仰の中心として発展を遂げました。
● 著名な人物の墓所と現代の浄心寺
浄心寺には、幕府海軍・帝国海軍高官の佐々倉桐太郎や、篆刻家の益田香遠、医学者の橋田邦彦、歌手で女優の暁テル子、落語家の立川談志など、多くの著名人の墓所があります。平成17年には第23世住職が逝去し、現在は第24世住職の佐藤雅彦和尚が寺を守り続けています。
● 合併と伝統の継承
戦後、白山にあった正念寺を吸収合併したことにより、「白山上の子育桜観音」と呼ばれた十一面観音像も浄心寺に移されました。これにより、札所としての役割がさらに強化されました。

さぁ東京⑪江戸三十三観音霊場の十番札所『浄心寺』参拝🌿
冬の日没は早い… 大きな布袋様のお腹には夕日の縞模様が入り、お庭ではお寺の方がお片付け中で忙しそう(・ัω・ั) さっとお参りだけさせていただき布袋様にお別れ。
この後に伺った白山神社さんと一緒に、次の機会にゆっくり御朱印をいただきたいと思います。桜か紫陽花の季節にリトライ!

ジャンボ布袋様🥰
素敵なお姿にはどう頑張っても縞模様が入ってしまう…
冬はあっという間に日が陰る💦

御本堂
お寺の方(住職様かな、、)が行ったり来たり忙しいそうでしたので邪魔にならないようにお参り🙏





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