こはくじんじゃ
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青渭神社様から徒歩にて移動
こちらも式内論社のようですが
無人でお賽銭箱の所に
神札はこちらと書かれている箱がありましたが
中は空っぽでなにもありませんでした。






虎狛神社(こはく~)は、東京都府中市にある神社。式内論社で、旧社格は郷社。主祭神は大歳御祖神(おおとしみおや)、相殿神は倉稲魂命(うかのみたま)。
社伝によると、崇峻天皇2年(588年)に大歳御祖神を勧請して創建された。奈良時代732年に満功上人が深大寺を創建すると、当社に満功上人の母方の祖父母が祀られ、深大寺の守護神とされた。朝鮮半島からの渡来人の祖母「虎」と、里長だった祖父・右近が住んでいた佐須村の旧称「狛野の里」から、当社社名「虎狛」が付いたと伝わる。
当社は、京王線・調布駅の北北東1.5kmの住宅街の中にある。境内北側は東西に伸びる佐須街道に面しており、社殿は北北東を向いている。境内はそこそこの広さがあるが、社殿サイズは中庸、草木は少なくガランとした印象。
今回は、武蔵国の式内論社であることから参拝することに。参拝時は週末の午後、参拝時は境内には自分以外に誰もいなかった。

大通りに面した境内入口。<鳥居>はあるが社号標はない。

<鳥居>には、すこしかすれた<虎狛神社>の文字。

鳥居をくぐって進むと、両サイドに<狛犬>。少し苔むして、いい年季が入っている。

参道右側のシンプルな<手水舎>。

<拝殿>全景。由緒書きによると社殿は100年おきに改修されているようで、江戸時代後期の1815年、明治時代の1919年、平成の2012年に改修されたとのこと。

<拝殿>正面。扁額はなく、前柱に表札が掛かっている。

鳥居近くから参道左側を望む。広々として草木は少ない。
授与品
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虎狛神社は、今から1425年前の崇峻天皇二年(589)八月に創建され、農業の神様である大歳御祖神(オオトシミオヤノカミ)がお祀りされて祭事が始まったと伝えられています。爾来、地元住民に崇敬され、地域の団結と発展、心の拠り所として佐須の中心となっております。のちに穀物の神様である倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)も合祀され、江戸末までは、虎狛山祇園寺の別当が、神事を司っておりました、尚地域内には、祇園寺東に位置し、天照皇大神をお祀りする「神明宮」、晃華学園南西角には、「里の稲荷」別名「樫ノ木稲荷」があり、これらも神社の氏子によって守られてきました。
延長五年(927)の『延喜式神名帳』には武蔵国の式内社四十四座、多摩郡八座の一つとしての記録があります。現在の社殿は天和三年(1683)に再建され、調布・狛江両市にあって最も古い建築物です。このため平成二十四年には、社殿並びにその小屋裏に残されていた3枚の棟札が調布市文化財の指定を受けました。
樹齢数百年ともいわれた「黒松の大木」は昭和三十九年(1964)に「東京都の天然記念物」の指定を受け、生え際近くでは太さ2.3×2.4m、高さ約30mで、都内では三本の指に数えられる松の大木でした。しかし落雷等の被害もあり、残念ながら平成八年には、枯死してしまいました。
文政十一年(1828)には神社正面入り口に石造りの大鳥居が、また参道右側には、高さ1.8mもたる巨大な「佐須郡虎狛神社の碑」が建立されました。碑文は、当時の名主温井義邦の撰によるもので、神社の名称の由来、歴史、「里の稲荷」等にについても詳細に記されています。現在のような輸送手段がない当時としては、驚くべき大きさであり、極めて貴重な文化財です。
拝殿がいつ建立されたかについての詳細な記録はありませんが、文化十二年(1815)に社殿の修理が地元の職人によってなされた記録があります。その後大正八年(1919)に遷座式が行われた時にも改修されたようです。それから約百年が経過した平成二十四年(2012)、本殿が文化財の指定を受けたことを機に、拝殿屋根、社殿の覆い屋、幣殿、そして手水舎の改修、新築工事に着手、平成二十六年(2014)11月に完了しました。
| 名称 | 虎狛神社 |
|---|---|
| 読み方 | こはくじんじゃ |
| 参拝時間 | 参拝自由 |
| 参拝にかかる時間 | 約5分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり 本社の御朱印 |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
詳細情報
| ご祭神 | 《主祭神》 大歳御祖神 《合殿神》 稲蒼魂命 |
|---|---|
| ご神体 | 不詳 |
| 創建時代 | 崇峻天皇二年(588) |
| 創始者 | 不詳 |
| 本殿 | 一間社流造 |
| ご由緒 | 虎狛神社は、今から1425年前の崇峻天皇二年(589)八月に創建され、農業の神様である大歳御祖神(オオトシミオヤノカミ)がお祀りされて祭事が始まったと伝えられています。爾来、地元住民に崇敬され、地域の団結と発展、心の拠り所として佐須の中心となっております。のちに穀物の神様である倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)も合祀され、江戸末までは、虎狛山祇園寺の別当が、神事を司っておりました、尚地域内には、祇園寺東に位置し、天照皇大神をお祀りする「神明宮」、晃華学園南西角には、「里の稲荷」別名「樫ノ木稲荷」があり、これらも神社の氏子によって守られてきました。
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| 体験 | 御朱印お守り祭り |
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