かがたじんじゃ
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今回の東京での神社めぐりの最後は利田神社。
とても小さな神社で、住宅街の中にひっそりと佇んでいます。
すぐ近くには天王洲運河があり、屋形船などがありました。
隅田川やお台場などの周遊コースがあるようで、夜景を見ながらおいしい料理とお酒・・・憧れますね。
なおこちらには鯨塚があるのですが、今回写真は撮らず。
寛政10年、品川沖に1頭の大きな鯨が迷い込んでしまったそうで、漁師達が天王洲に追い込み捕まえたそうです。
第11代将軍徳川家斉公も謁見されたそうで、その後解体され骨が利田神社境内に埋葬され、鯨塚が築かれたのだとか。
<御祭神>
市杵嶋姫命
<御由緒>~しながわ観光協会HPより~
利田神社は、江戸前期に沢庵和尚が弁財天(洲崎弁天)を祀ったことが始まりと伝わっています。もともとは旧目黒川の河口の海に突き出た砂洲に祀られていた弁天社で、江戸名所図会や歌川広重の浮世絵にも描かれています。明治に変わり利田神社となり、現在の祭神は市杵島姫命。利田の名は、当時この辺りの開発に尽力した利田利兵衛の姓から取ったものです。




すぐ近くの屋形船

東京都品川区に鎮座する神社。
寛永3年(1626)の創建とされ、洲崎(目黒川河口の品川湊の砂州)に沢庵宗彭が弁才天を勧請したのが起源である。
当時は「洲崎弁天」と呼ばれ、修験道当山派の修験者が堂宇を管理していた。
明治時代の神仏分離政策に伴い、弁才天に相当する日本古来の神「市杵島姫命」に祭神を変更し、「利田神社」と称する神社になった。
社名の「利田(かがた)」とは、江戸時代の品川宿名主だった「利田氏」に由来する。
また、境内には「鯨塚」と呼ばれる墓がある。
寛政10年(1798)に品川沖に迷い込み、仕留められた鯨を埋葬した場所である。当時は江戸市中が大騒ぎとなり、鯨を一目見んと野次馬が殺到したという。江戸幕府11代将軍・徳川家斉もまたこの鯨を浜御殿(現浜離宮恩賜庭園)まで曳かせて供覧したという。





































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