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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※牛嶋神社ではいただけません

うしじまじんじゃ

牛嶋神社

東京都 本所吾妻橋駅

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03-3622-0973

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
-

牛嶋神社について

5年に一度!牛車が町を練り歩く!?


2017年は5年に一度の大祭の年にあたり、お祭りの初日と二日目に牛車の巡行が行われます。黒牛が曳く鳳輦(牛車)を中心に手古舞(向島花街芸者衆の先導隊)、稚児などが華やか行列を作り、この巡行は全行程約35kmにも及びます。

12年に1度!丑年限定のお守り


当社の社号にもなっている牛にちなんで12年に1度焼き物の牛の置き物が頒布されています。

おすすめの投稿

アルネ
2020年09月23日(水)
313投稿

2020.09.21.浅草寺に行かない浅草観光街歩き二日目。驚くほど豪華な朝御飯(イクラご飯を初めとする御膳に北海道産メロン付き)を食べ、朝8時半から店頭に並んで予約を取らなければ食べられないパンケーキ屋さんの予約を無事に取り付け、ホテルに帰って一眠りし、12時前にチェックアウト。
予約の時間の13時半までどうしたものかと、ひとまずぶらぶら隅田川沿いを歩き出したところ、歩行者用の橋があるのを見つけて、さらにはその先に神社があることを知って行ってみることにしました。それがこちらの牛嶋神社と三囲神社でした。
かねてよりグーグルマップでチェックしてはいましたが、まさかこの流れで初参拝できると思っていませんでしたので、とっても嬉しかったです。
立派な鳥居と拝殿に圧倒されつつ、参拝客もさほどの入りではなかったので、二礼二拍手して祝詞をあげようとしたのですが、なんと途中でド忘れしてしまい、続きが思い出せなくなってしまいました。何度かリトライしましたがどうしても中盤のくだりが出てこず、止むを得ず間を省いて思い出せる続きから唱えて締めました。
唱え終わった後もしばらく手を合わせたまま忸怩たる気持ちで拝殿を仰ぎ見ていると、なんと突然音楽が流れてきたのでした。聴き入っているとさらに、雲間から日が差して辺りが明るくなりました。一緒にいた夫が「晴れてきたね」と声をかけてきました。祝詞をしくじったにもかかわらず、手を変え品を変えて歓迎してくださったのだとわかり、驚きと感謝で戸惑うほどでした。
曇天から一転して日が差してくるタイミングのよさ、牛にまつわる神様…上野の湯島天神の神様に会いに行った時のことをふと思い出しました。
またすぐ会いに行きたいと思える、優しい神様です。
前日からやけに神々のご加護、ご利益、歓迎が続いたなあと今でも不思議なくらいですが、もしかしたら前世で、江戸時代とかにこの辺りに住んでいたことがあるのかもしれません。時空を超えて会いにきたからこそ、殊更に可愛がってくださったのかも…、そんな風に思うくらい、この二日間は神がかっていたと思います。この二社についてはまだ後日談もあるのですが、それは三囲神社の投稿で触れようと思います。

牛嶋神社の周辺

正午前にホテルをチェックアウトして、川沿いに出てぶらぶらしていると、少し先に人が歩いて川を渡っているのが見えました。

牛嶋神社の周辺

きれいに整備された歩行者専用通路で、線路の鉄橋と並んでいます。

牛嶋神社の鳥居

隅田公園の敷地内にある牛嶋神社。

牛嶋神社の狛犬

参道の阿形の狛犬さんとスカイツリーのツーショットです!すごい光景!

牛嶋神社の狛犬

対となる吽形の狛犬さんはこちらです。

牛嶋神社の鳥居

拝殿前の鳥居がまた、スペシャルな造りで一層神々しいです。

牛嶋神社の狛犬

拝殿前の狛犬さん。何体もおられて撮影が追いつきません。

牛嶋神社の狛犬

ご眷属がそれだけ多く、力のある神様なのでしょう。鉄壁の守り、鉄壁の布陣です。

牛嶋神社の狛犬

狛牛さんも、対でおられました。

牛嶋神社の狛犬

私と夫は、狛牛さんたちの奥にチラッと見えているような、ほがらかな感じの狛犬さんたちにたまらなくキュンとします。わが家にも、ぜひいらしてほしい…。

牛嶋神社の鳥居

境内社の小梅稲荷神社です、お名前が可愛くて素敵!

牛嶋神社の本殿

三社祭で神様が乗られるのでしょう。格式の高さがひしひしと伝わってきます。

牛嶋神社の狛犬

牛嶋神社とくれば撫牛ですね。

牛嶋神社の歴史

私は頭を撫でさせていただきました。

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Kumiko
2021年05月29日(土)
291投稿

こちら2回目の待乳山聖天に行った後に
徒歩圏内にあった事と
以前から行ってみたいと思っていた神社。
全国でも珍しい三ツ鳥居。
御祀神は須佐之男命・天之穂日命・貞辰親王命
860(貞観2)年、慈覚大師(円仁)が
素盞嗚尊の権化である老翁に会い
「国土悩乱あらはれ首に牛頭を戴き悪魔降伏の形相を現し国家を守護せんとす。故に我形を写して汝に与へん我ために一宇を造立せよ」
という御神託を受け創建した
平安時代~の古社。
また徳川家~も鬼門守護として崇敬されて
いたようです。

牛嶋神社の鳥居

三ツ目通り沿いに一の鳥居がありました。

牛嶋神社の鳥居牛嶋神社の建物その他牛嶋神社(東京都)

こちら御朱印帳に
直書きしていただけました。

牛嶋神社の狛犬

社務書のわきに古そうな狛犬
あっ!
宮城県の一の宮 塩竈神社の狛犬と同じタイプ

牛嶋神社の狛犬

狛犬比較で塩竈神社の画

牛嶋神社の狛犬

こちらも社務所わきの牛

牛嶋神社の狛犬

撫牛

牛嶋神社の鳥居牛嶋神社の本殿

総檜造の社殿
龍の彫刻が立派です。

牛嶋神社の芸術

菊ではなくホントは○○らしいですね。。。菊花紋と言われて定着してますが

急速に様々な封印がとかれはじめてますね。。

(例えば、猿からの進化したのが人間なんて
教科書通りを信じていますか?
ワクチン打てばコロ□大丈夫と本気で信じられますか?
マスクしてれば…?
殺菌しまくり常在菌迄
すべて消してしまう事に違和感も持てず…
テレビ・マスコミに与えられた情報ばかり
を信じ
自分自身で調べたり
考える事をしなくなっている人が
多すぎる。)

でも…受け入れる人
興味を持つ人はまだまだ少ない。
様々な真実に目を向けて
ひとりでも多くの日本人が
目を覚ます事を
私は切に願っています。

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歴史

牛嶋神社は隅田川の東岸、もと水戸徳川邸跡の、隅田公園に隣接して鎮座しています。
 古くは向島須崎町にありましたが、関東大震災後、昭和のはじめ現在地に再建されました。
 明治維新前は、本所表町の牛宝山明王院最勝寺が、別当として管理していましたが、明治初年の神仏分離後「牛の御前」の社名を牛嶋神社と改めました。
 隅田川に沿う旧本所一帯の土地を昔「牛嶋」と呼び、その鎮守として牛嶋神社と称したのです。
 神社に伝わる縁起書によりますと、貞観二年(860年)に慈覚大師が、御神託によって須佐之男命を郷土守護神として勧請創祀、後に天之穂日命をまつり、次いでこの地でなくられた清和天皇の第七皇子貞辰親王命がまつられました。牛嶋神社の御祭神は、この三柱の神々であります。
 例祭日九月十五日は、貞観の昔はじめて祭祀を行なった日であるといわれております。
 治承四年(1180年)源頼朝が大軍をひきいて、下総国から武蔵国に渡ろうとした際に、豪雨による洪水のために渡ることができず、武将千葉介平常胤が祈願し、神明の加護によって全軍無事に渡ることができ、頼朝はその神徳を尊信し、翌養和元年(1181年)に社殿を造営し、多くの神領を寄進させました。
 さらに天文七年(1538年)六月には、後奈良院より「牛御前社」との勅号を賜ったといわれており、また、永禄十一年(1568年)北条氏直が関東管領であった際、大道寺駿河守景秀が神領を寄進しております。
 江戸時代には、鬼門守護の神社として将軍家の崇敬も厚く、特に三代将軍家光から本所石原新町の土地の寄進を受け、祭礼渡御の旅所となりました。現在の摂社若宮はその一部であります。
総桧権現造り、東都屈指の大社殿を誇る牛嶋神社は、氏子五十町・牛島講の守護神として、崇敬尊信をいただいております。

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牛嶋神社の基本情報

住所東京都墨田区向島1-4-5
行き方

都営浅草線「本所吾妻橋駅」 徒歩3分
東武スカイツリーライン「とうきょうスカイツリー駅」 徒歩3分
東京メトロ「浅草駅」 徒歩10分

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名称牛嶋神社
読み方うしじまじんじゃ
通称うしのごぜん社
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号03-3622-0973
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神《主》建速須佐之男命,《配》天之穂日命,貞辰親王
創建時代貞観二年(860)
ご由緒

牛嶋神社は隅田川の東岸、もと水戸徳川邸跡の、隅田公園に隣接して鎮座しています。
 古くは向島須崎町にありましたが、関東大震災後、昭和のはじめ現在地に再建されました。
 明治維新前は、本所表町の牛宝山明王院最勝寺が、別当として管理していましたが、明治初年の神仏分離後「牛の御前」の社名を牛嶋神社と改めました。
 隅田川に沿う旧本所一帯の土地を昔「牛嶋」と呼び、その鎮守として牛嶋神社と称したのです。
 神社に伝わる縁起書によりますと、貞観二年(860年)に慈覚大師が、御神託によって須佐之男命を郷土守護神として勧請創祀、後に天之穂日命をまつり、次いでこの地でなくられた清和天皇の第七皇子貞辰親王命がまつられました。牛嶋神社の御祭神は、この三柱の神々であります。
 例祭日九月十五日は、貞観の昔はじめて祭祀を行なった日であるといわれております。
 治承四年(1180年)源頼朝が大軍をひきいて、下総国から武蔵国に渡ろうとした際に、豪雨による洪水のために渡ることができず、武将千葉介平常胤が祈願し、神明の加護によって全軍無事に渡ることができ、頼朝はその神徳を尊信し、翌養和元年(1181年)に社殿を造営し、多くの神領を寄進させました。
 さらに天文七年(1538年)六月には、後奈良院より「牛御前社」との勅号を賜ったといわれており、また、永禄十一年(1568年)北条氏直が関東管領であった際、大道寺駿河守景秀が神領を寄進しております。
 江戸時代には、鬼門守護の神社として将軍家の崇敬も厚く、特に三代将軍家光から本所石原新町の土地の寄進を受け、祭礼渡御の旅所となりました。現在の摂社若宮はその一部であります。
総桧権現造り、東都屈指の大社殿を誇る牛嶋神社は、氏子五十町・牛島講の守護神として、崇敬尊信をいただいております。

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