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楽しみ方神田神社(神田明神)のお参りの記録一覧
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到着したら二組の結婚式が行われていました。随神門では写真撮影、御神殿では式が行われていて、素敵な光景に幸せのお裾分けをいただいた気持ちになりました✨
今回は9月16日まで資料館で開催されていた「神田明神・妖怪展」の拝観と、資料館内にある妙見社、そして摂社の神田三天王の参拝が目的で向かいました。
私は天太玉命の后神「天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)」様が好きで調べているのですが、どうも神田明神とかかわりがあるようです。
もちろん現在のご由緒には載っていませんし、末社も含め御祭神にもいらっしゃいませんので、あくまで伝説の一つとして捉えています。
神田明神は天平2年(730)に出雲氏族の真神田臣により武蔵国豊島郡芝崎村(東京都千代田区大手町、将門塚周辺)に創建されました。
『関東中心平将門古蹟写真資料集』によりますと、この芝崎村や浅草辺りはかつては船着き場だったそうで、下総、上総、安房などから集まる京送りの貢納品や生産物の中継基地だったそうです。
そこで働く人々の航海安全を祈るために祀られたのが浅草観音であり、芝崎では安房神社、上平川では観音堂であったとみられます。
安房神社は将門から奉納や寄進があり、将門と縁のある人々がこの地に住み着いたと考えられ、一説によると、神田明神はその人たちが安房神社として祀ったのが始まりではないかというのです。
後に将門が陣没し塚がつくられ、平安末期、将門塚と安房神社は、秩父平氏の支族・江戸氏の衰退とともに荒廃。1305年に東国巡錫中の真教上人が里人の哀願により、塚を供養し神社を修復、将門を相殿に祀り、社号を神田明神に改め再建し、上人は付近にあった天台宗日輪寺を時宗道場日輪寺と改め、神田明神の別当寺とされたといいます。
私はこの芝崎の安房神社の主祭神は太玉命様ではなく天比理乃咩命様ではないかと思います。天比理乃咩命様はもとの名を「洲の神(すのかみ)」といい港や岬に祀られ、御神徳は航海安全だからです。
また、室町時代の軍記物「永享記」の「太田道灌の事」の項目にも『神田の牛頭天王、洲崎大明神は、安房洲崎明神と一體にて、武州神奈川、品川、江戸、いずれもこの神を祝い奉る』
とあり、神田明神の項に天比理乃咩命様の名が出てきます。
神奈川は横浜市神奈川区の洲崎大神のことで、近くの上無川から流れ着いた牛頭天王の御神体を一緒にお祀りしています。
品川神社は太田道灌が牛頭天王を勧請しています。そして江戸は神田三天王のいずれかの社のことだと思われるのですが、上記の伝説を鑑みるに、私は江戸神社のことではないかと思います。
なぜ牛頭天王とセットで祀られるのかはまだ調べている最中でわかりません🤔
長くなりましたが、そういうわけで天比理乃咩命様が神田明神の前身としてかつて祀られていたのかなぁと思いを馳せながらお参りしたしだいです。
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