かんだじんじゃ(かんだみょうじん)
神田神社(神田明神)のお参りの記録一覧
「明神さま」の名で親しまれている神田神社(神田明神)を参拝して来ました。
【御祭神】
大己貫命(おおなむちのみこと)
だいこく様 縁結びの神様
少彦名命(すくなひこなのみこと)
えびす様 商売繁昌の神様
平将門命(たいらのまさかどのみこと)
まさかど様 防災厄除の様様
11月の祭日だったので七五三のお祝いで賑わっていました。
境内は混雑していましたが、御朱印は書置きのみだったのであまり並ばずに拝受できました。
クリアファイルもいただきました。
隨神門
手水舎も混雑していました
御神殿
境内の様子
狛犬
狛犬
小舟町八雲神社
だいこく様尊像
保存樹 いちょう
魚河岸水神社
大伝馬町八雲神社
祭祀殿・資料館
「薬屋のひとりごと」の展示会をやっていました
江戸神社
末廣稲荷神社
金刀比羅大神
三宿稲荷神社
合祀殿
御朱印は書置きのみでしたが、クリアファイルをいただきました。 初穂料500円
神田神社近くの【きやり】さんで季節の天ぷらとお蕎麦のセットをいただきました。
熱々の天ぷらが美味しかったです。
十社巡りを始めたのが令和4年春。のんびりペースと言いながらも、区切りをつけなければ!と、まだ巡っていなかった二社『神田明神』『亀戸天神社』に行きました。
まずは、こちらの『神田明神』さん。
銀座線『末広町』から歩きました。裏道参道から入ったのですが、急な石段で息が上がりました。裏手の末社側から入ることになりましたので、参拝後には、とりあえず正面から出て,写真を撮り、また入り、帰りは同じく裏道参道から駅へ。
馬のあかりちゃんも、全身は見れませんでしたが、様子は良くわかり、あかりちゃんのご飯用の募金箱に、少しですが協力させて頂きました。
御朱印は、書き置きのみとのことですが、オリジナルのクリアファイルに入っていました。
書き置きのみ。
専用の御朱印帳の所定位置に貼りました。
専用の御朱印帳。
御朱印が入っていたクリアファイル。
あかりちゃん🐴
仕事のあと神田をウォーキング、せっかくなので神田明神に参拝します。
以前来たときは昼間だったのですが、夜に来るとまた色々なものが違って見えます。
都内の神社はライトアップが嬉しい限りです。
18時を回っていたので社務所は開いていませんでした。
入り口もライトアップされています。
昼間見るよりきれいに見えます。
鳥居の両脇に鎮座しています。
こちらも、昼間は意外と良く見えず、写真もきれいに撮れないのですが夜は内側がライトアップされているのではっきりきれいに見えます。
むしろ夜の方が鑑賞にはいいですね。
馬たちは境内がわの両脇にいます。
こちらも日中はあまり良く見えませんが、夜間はこの通りです。
こちらは寄贈されたもののようです。
細かいディテールまで良く見えます。
到着したら二組の結婚式が行われていました。随神門では写真撮影、御神殿では式が行われていて、素敵な光景に幸せのお裾分けをいただいた気持ちになりました✨
今回は9月16日まで資料館で開催されていた「神田明神・妖怪展」の拝観と、資料館内にある妙見社、そして摂社の神田三天王の参拝が目的で向かいました。
私は天太玉命の后神「天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)」様が好きで調べているのですが、どうも神田明神とかかわりがあるようです。
もちろん現在のご由緒には載っていませんし、末社も含め御祭神にもいらっしゃいませんので、あくまで伝説の一つとして捉えています。
神田明神は天平2年(730)に出雲氏族の真神田臣により武蔵国豊島郡芝崎村(東京都千代田区大手町、将門塚周辺)に創建されました。
『関東中心平将門古蹟写真資料集』によりますと、この芝崎村や浅草辺りはかつては船着き場だったそうで、下総、上総、安房などから集まる京送りの貢納品や生産物の中継基地だったそうです。
そこで働く人々の航海安全を祈るために祀られたのが浅草観音であり、芝崎では安房神社、上平川では観音堂であったとみられます。
安房神社は将門から奉納や寄進があり、将門と縁のある人々がこの地に住み着いたと考えられ、一説によると、神田明神はその人たちが安房神社として祀ったのが始まりではないかというのです。
後に将門が陣没し塚がつくられ、平安末期、将門塚と安房神社は、秩父平氏の支族・江戸氏の衰退とともに荒廃。1305年に東国巡錫中の真教上人が里人の哀願により、塚を供養し神社を修復、将門を相殿に祀り、社号を神田明神に改め再建し、上人は付近にあった天台宗日輪寺を時宗道場日輪寺と改め、神田明神の別当寺とされたといいます。
私はこの安房神社の主祭神は太玉命様ではなく比理姫様ではないかと思います。比理姫様はまたの名を「洲の神(すのかみ)」といい港や岬に祀られ、御神徳は航海安全だからです。
また、室町時代の軍記物「永享記」の「太田道灌の事」の項目にも『神田の牛頭天王、洲崎大明神は、安房洲崎明神と一體にて、武州神奈川、品川、江戸、いずれもこの神を祝い奉る』
とあり、神田明神の項に比理姫様の名が出てきます。
神奈川は横浜市神奈川区の洲崎大神のことで、近くの上無川から流れ着いた牛頭天王の御神体を一緒にお祀りしています。
品川神社は太田道灌が牛頭天王を勧請しています。そして江戸は神田三天王のいずれかの社のことだと思われるのですが、上記の伝説を鑑みるに、私は江戸神社のことではないかと思います。
なぜ牛頭天王とセットで祀られるのかはまだ調べている最中でわかりません🤔
長くなりましたが、そういうわけで比理姫様が神田明神の前身としてかつて祀られていたのかなぁと思いを馳せながらお参りしたしだいです。
ちょうど結婚式を行っていて、御神殿に向かって参列されているところでした。
武州下野の名工石切藤兵衛(別名・油売藤兵衛)の作と伝えられる。石獅子、夫婦2頭
子獅子は関東大震災にて崩壊紛失し、後に新調され、新たに獅子山として建立されたといいます。
【魚河岸水神社】
御祭神∶弥都波能売神
【小舟町八雲神社】
御祭神∶建速須佐之男命
三天王三の宮
【大伝馬町八雲神社】
御祭神∶建速須佐之男命
三天王ニの宮
【江戸神社】
御祭神∶建速須佐之男命
大宝2年(702)創建。江戸最古の地主神とされ、江戸氏の氏神だったといわれる。三天王一の宮。
【浦安稲荷神社】
御祭神∶宇迦之御魂神
【合祀殿】
籠祖神社地に建立。
籠祖神社、八幡神社、富士神社、天神社、大鳥神社、天祖神社、諏訪神社を合祀。
【三宿稲荷神社/金刀比羅神社】
御祭神∶宇迦之御魂神/大物主命、金山彦命、天之御中主命
【末廣稲荷神社】
御祭神∶宇迦之御魂神
級長戸辺命、級長津彦命、宇迦之御魂神を祀っていた旧社で、庶民の信仰が強かったと伝わっています。
カッコイイ✨
資料館内にある妙見さま。
境内にあるCAFE MASUMASUにてランチしました🍴
随神門
到着した時は結婚式の撮影をしていたので帰りに撮影📷
江戸総鎮守神田神社にお参り。
東京に行って、浅草寺→浅草神社→湯島天満宮とお参りして、神田神社も外せないですよね。
湯島天満宮から神田神社へ向かうと、裏参道から進むことになるのですが、一旦表側に回って鳥居、そして隨神門をくぐって境内へと進みました。
思ったよりは参拝者が少ないなと思ったのですが、参拝したのがちょうどお昼。
文化交流館にて御朱印を拝受しようと中に入ると多くの人で込み合っていました。
とても暑い時間帯だったこともあり、こちらで皆さん涼んでいらっしゃったんですね。
<御祭神>
大己貴命 少彦名命 平将門命
隨神門
御神殿
たくさんの献燈
末廣稲荷神社
鳳輦神輿奉安殿
浦安稲荷神社
江戸神社
大伝馬町八雲神社
小舟町八雲神社
獅子山
御神殿前から隨神門、祭務所、神楽殿方向
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