まばしいなりじんじゃ
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楽しみ方馬橋稲荷神社のお参りの記録一覧
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馬橋稲荷神社の創建年代は不詳だが、鎌倉時代末期に創建されたと伝えられている。江戸時代の記録にも「稲荷社」として記されており、当時から地域の信仰を集めていた。天保2年(1831年)、住民53名が京都の白川神祇伯家に申し出て、翌年「正一位足穂稲荷大明神」の御神号を授かった。
● 明治時代の変遷
明治40年(1907年)、村内の御嶽神社・白山神社・天神社・水神社を合祀し、稲荷神社としての機能を強化した。この頃、「五社神社」とも呼ばれた。
● 昭和期の発展
昭和2年(1927年)、村社に列格。昭和13年(1938年)、茅葺の社殿を改築し、総檜造りの拝殿・幣殿・祝詞殿を建立。昭和25年(1950年)には、戦没者の霊を祀る斎霊殿を新設し、春秋2回の慰霊祭が始まった。昭和40年(1965年)、住居表示の改正に伴い「馬橋」の地名が消えたことを受け、「馬橋稲荷神社」と改称。社号碑も建立された。昭和50年(1975年)、鎮座700年を記念して随神門を建立し、都内最大の開運鈴を設置。昭和62年(1987年)には神楽殿が改築され、例大祭や芸能イベントが催されるようになった。
● 平成期の整備
平成5年(1993年)、社務所を改築し、多目的に利用できる「参集殿」を完成。同時に正参道や中鳥居を整備。平成8年(1996年)には高さ8mの朱塗り台輪稲荷鳥居を建立し、大神輿の巡幸が可能となった。平成13年(2001年)には手水舎を新築し、伊豫の青石を用いた水盤を設置。平成26年(2014年)には本殿覆殿を建立し、翌年には社務所附属施設を整備。天保2年の鳥居も再建された。
● 伝統行事と神輿
初午祭では、氏子たちが餅つき唄を歌いながら餅をつき、神前に供えた後、参拝者に配る。神輿は大正10年(1921年)の東京博覧会に出品された大神輿で、関東大震災の直前に馬橋へ運ばれ難を逃れた。高さ2.5m、台幅1m、重量1.5トンの立派な神輿である。
● 馬橋稲荷神社の現在
馬橋稲荷神社は、杉並区阿佐谷南に鎮座し、祭神として宇迦之御魂神と太麻等能豆神を祀る。例祭は2月初午。境内には随神門、神楽殿、斎霊殿などがあり、歴史と伝統を今に伝えている。




【授与品:願掛け狐】
阿佐ヶ谷に鎮座する馬橋稲荷神社。
鎌倉時代の末期の創建と伝えられています。
天保2年(1831年)には「正一位足穂稲荷大明神」の神号を拝受。
明治40年(1907年)には村内の御嶽神社・白山神社・天神社・水神社を合祀しました。
昭和40年(1965年)には地名が消えるのを憂い、神社名を「馬橋稲荷神社」と改称しました。
御祭神
• 宇迦之御魂神 (うかのみたまのかみ)
• 大麻等能豆神 (おおまとのづのかみ)
相殿神
• 伊弉册神(いざなみのかみ)
• 美都波能賣神(みずはのめのかみ)
• 菅原道真朝臣(すがわらみちざねあそん)
陽の光に映える朱色の鳥居を潜ると、御影石で作られた高さ8mの双龍鳥居が現れます。
左に「昇り龍」、右に「降り龍」が巻きつく珍しい鳥居は訪れる人々を魅了します。
社務所で拝受したのは願いを叶えてくれると評判の「願掛け狐」
髭があるのがオス、ないのがメスです。
狐は稲荷神の使いとして知られていて古くから人々に崇拝されてきました。
2体の願掛け狐も神聖な雰囲気を醸し出しています。
付属の紙に願い事を書いて狐の中に納めることにより、願いが叶うとされています。
※詳しくはブログ「郷土玩具の杜」をご覧下さい。
https://folktoys.blog.fc2.com/blog-entry-645.html
入手日:2025年1月1日
※掲載されている内容は当時のものです、情報が古い場合がありますのでご了承下さい


神社ソムリエの佐々木優太さんのYouTube動画でこちらの神社が紹介されてましたので、阿佐ヶ谷神明宮参拝後に17時ギリ前でしたが無事に参拝できました。
噂の双龍が施された鳥居も見ることができて感激です🤩

佐々木さんはこちらの鳥居に触れてから一気に仕事運が上昇したそうですが、自分は写真を撮ったり御朱印を頂くことに意識が向いてて、うっかり忘れてしまいました💦
ですが、こうして無事に参拝する日を迎えられた事が何よりのご利益です😊

向かって左に登り龍
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