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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※馬橋稲荷神社ではいただけません

まばしいなりじんじゃ

馬橋稲荷神社

東京都 阿佐ケ谷駅

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03-3311-8588

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

おすすめの投稿

しし丸
2021年05月16日(日)
641投稿

猿田彦神社神社を左に出て暫くあるき、小学校の信号を左折すると、間もなく馬橋稲荷神社です。
大きく、広く、緑も多く、パワースポットも多く、他に参拝者も無く、ゆっくりお参りして、パワー頂けた気がします。

創建年代は不明ながら、由緒書によると、鎌倉時代末期の創建とのこと。また、「寛永十六年、中川八郎右エ門が幕府の命を受けて検地をなせる際、境内地を除地せらる」とあり、このことから、江戸時代初期から当地に祀られていたことがわかります。
 
昭和十三(1938)年、茅葺屋根の社殿を、総桧入母屋流造りの現在の社殿に改修しており、昭和四十(1965)年十月、住居表示の改正に伴い、馬橋の地名を保つため神社名を「馬橋稲荷神社」と改めたとのことです。
 
 本殿前の朱塗りの随神門は、昭和五十(1975)年鎮座七百年記念事業として建立されたもので、左右の随神像に磐間戸神を祀り、中央天井に都内最大といわれる開運の大鈴(直径七十五センチメートル)が吊るされています。
たしかに大きかったです🔔

ことらの神輿は、高さ2.5メートル、台幅1メートル、重さ1.5トンの白木造りの大神輿で、大正十一(1922)年の平和記念東京博覧会に出品されたものとのこと。
 
正面の石造大鳥居は、高さ8メートルで昇龍・降龍が彫刻されており、東京三鳥居の一つといわれていますが、本当に見事でした。

左手奥に境内末社もたくさんありますのでお参りするには余裕を持って~😊

馬橋稲荷神社の御朱印馬橋稲荷神社の鳥居

一の鳥居

馬橋稲荷神社の鳥居

一の鳥居から正参道と二の鳥居(龍の鳥居)

馬橋稲荷神社の鳥居

二の鳥居(龍の鳥居)からの参道

馬橋稲荷神社の鳥居

龍の鳥居

馬橋稲荷神社の建物その他

脇には小川のような…流れあり

馬橋稲荷神社の建物その他馬橋稲荷神社の狛犬馬橋稲荷神社の狛犬馬橋稲荷神社の山門

随神門

馬橋稲荷神社の山門馬橋稲荷神社の建物その他馬橋稲荷神社の本殿

神殿

馬橋稲荷神社の本殿

神殿

馬橋稲荷神社の本殿馬橋稲荷神社の建物その他馬橋稲荷神社の建物その他

みたまのふゆ

馬橋稲荷神社のおみくじ馬橋稲荷神社の手水

手水舎

馬橋稲荷神社の手水馬橋稲荷神社の手水馬橋稲荷神社の末社

稲荷社

馬橋稲荷神社の末社馬橋稲荷神社の末社馬橋稲荷神社の末社

厳島神社

馬橋稲荷神社の歴史

正参道左手にある由緒書

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こばけん
2022年01月04日(火)
607投稿

 21.12.17。先の阿佐ヶ谷神明宮様より徒歩15分。
杉並区阿佐ヶ谷南2丁目に鎮座。(まばしいなり〜)

御祭神
 主神:宇迦之魂神(うたのみたまのかみ)
    大麻等能豆神(おおまとのづのかみ)
 相殿:伊弉冊神(いざなみのかみ)
    美都波能賣神(みずはのめのかみ)
    菅原道真朝臣(すがわらみちざねあそん)
 末社:美都波能賣神
    市杵島姫神:(いつきしまひめのかみ)

創建:伝 鎌倉時代末期。  

【由緒と沿革】
 天保二年卯ニ月上旬「当村鎮守稲荷官金勧化連名帳馬橋村」によれば当時の住民、大谷佐六他五十三名、連名を以て官金の寄付あり、是を以て京都に使者を向け、白川神祇伯家の御役所に上申し、御神体及び御神号の宣化を乞いし処、天保三年辰正月三日、正一位足穂稲荷大明神の御神号を賜り、御勧遷の許可ある。ここを以て勧遷の式を厳かに執行さられた、と語り伝えられている。

 明治40年11月28日、当時馬橋村に点在する社祠、御嶽神社、白山神社、天神社、水神社を同村中央にある稲荷神社に合祀する。

 昭和40年10月1日、社名を現在の「馬橋稲荷神社」に改称。
 (後略)
     〜当社HPより抜粋〜

 阿佐ヶ谷駅近隣の住宅街に鎮座している神社で、都内最強の隠れスポットとも呼ばれることもあるようです。双龍鳥居が目を惹き、見所も多くあり楽しめる神社様でした。

馬橋稲荷神社(東京都)馬橋稲荷神社の歴史

由緒書。

馬橋稲荷神社(東京都)

社号標と一の鳥居。

馬橋稲荷神社(東京都)馬橋稲荷神社の鳥居

ニの鳥居(双龍鳥居)。
→龍の巻いた鳥居は、他に品川神社と高円寺内稲荷社にあるそうです!

馬橋稲荷神社(東京都)

左側に《昇り龍》。

馬橋稲荷神社の建物その他

右側に《降り龍》。

馬橋稲荷神社の鳥居

正参道。
→三の鳥居(中鳥居)方向!

馬橋稲荷神社の狛犬

三の鳥居前の《狛狐》。

馬橋稲荷神社(東京都)馬橋稲荷神社(東京都)

手水舎。

馬橋稲荷神社(東京都)馬橋稲荷神社(東京都)

随神門。

馬橋稲荷神社の山門馬橋稲荷神社の本殿

社殿遠景。

馬橋稲荷神社の狛犬

拝殿前の《狛狐》。

馬橋稲荷神社の狛犬馬橋稲荷神社(東京都)

拝殿。

馬橋稲荷神社の建物その他

神額。

馬橋稲荷神社(東京都)

厳島神社・水神社。

馬橋稲荷神社(東京都)

北参道鳥居と稲荷社。

馬橋稲荷神社(東京都)

斎霊殿。

馬橋稲荷神社の建物その他馬橋稲荷神社(東京都)

神楽殿(舞殿)。

馬橋稲荷神社の建物その他馬橋稲荷神社の建物その他

町内神輿庫。

馬橋稲荷神社(東京都)馬橋稲荷神社の建物その他

忠魂碑。
→日露戦争の戦没者慰霊碑!

馬橋稲荷神社の鳥居

東参道鳥居。

馬橋稲荷神社(東京都)

参集殿(社務所)。
→こちらで直書きの御朱印を拝受しました。

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歴史

当社は旧馬橋村の鎮守で、『新編武蔵風土記稿』には「除地一畝十二歩小名西ノ久保にあり村の鎮守なり本社二間四方、拝殿四間に二間未申の方に向前鳥居をたつ鎮座の年代は詳ならす」とあり、祭神は宇迦之御魂神と大麻等能豆神です。天保二(1861)年、拝殿改築に際し氏子五十三人が拠金して、京都白川神祇伯家御役所(神社を司る役所)に上申し、翌年「正一位足穂稲荷大明神」の御神号を拝受したと伝わります。明治四十(1907)年、村内の御嶽神社・白山神社・天神社・水神社を相殿として合祀しました。
 当社の創建年代は不明ですが、由緒書によると、鎌倉時代末期の創建と伝わります。また、「寛永十六年、中川八郎右エ門が幕府の命を受けて検地をなせる際、境内地を除地せらる」とあり、このことから、江戸時代初期から当地に祀られていたことがわかります。
 昭和十三(1938)年、茅葺屋根の社殿を、総桧入母屋流造りの現在の社殿に改修しており、昭和四十(1965)年十月、住居表示の改正に伴い、馬橋の地名を保つため神社名を「馬橋稲荷神社」と改めました。
 本殿前の朱塗りの随神門は、昭和五十(1975)年鎮座七百年記念事業として建立されたもので、左右の随神像に磐間戸神を祀り、中央天井に都内最大といわれる開運の大鈴(直径七十五センチメートル)が吊るされています。当社の神輿は、高さ2.5メートル、台幅1メートル、重さ1.5トンの白木造りの大神輿で、大正十一(1922)年の平和記念東京博覧会に出品されたものです。
 正面の石造大鳥居は、高さ8メートルで昇龍・降龍が彫刻されており、東京三鳥居の一つといわれています。
 境内には、江戸末期から大正初期頃に男性の間で盛んであった力くらべに使用された力石や、絵馬・奉納額などが多数保存されています。

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馬橋稲荷神社の基本情報

住所東京都杉並区阿佐谷南2-4-4
行き方

JR阿佐ヶ谷駅から徒歩8分。
JR高円寺駅から徒歩10分。

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名称馬橋稲荷神社
読み方まばしいなりじんじゃ
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号03-3311-8588
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://mabashiinari.org/
おみくじあり
お守りあり
SNS

詳細情報

ご祭神《主》宇迦之魂神・大麻等能豆神
《相》伊弉册神・美都波能賣神・菅原道真朝臣
ご由緒

当社は旧馬橋村の鎮守で、『新編武蔵風土記稿』には「除地一畝十二歩小名西ノ久保にあり村の鎮守なり本社二間四方、拝殿四間に二間未申の方に向前鳥居をたつ鎮座の年代は詳ならす」とあり、祭神は宇迦之御魂神と大麻等能豆神です。天保二(1861)年、拝殿改築に際し氏子五十三人が拠金して、京都白川神祇伯家御役所(神社を司る役所)に上申し、翌年「正一位足穂稲荷大明神」の御神号を拝受したと伝わります。明治四十(1907)年、村内の御嶽神社・白山神社・天神社・水神社を相殿として合祀しました。
 当社の創建年代は不明ですが、由緒書によると、鎌倉時代末期の創建と伝わります。また、「寛永十六年、中川八郎右エ門が幕府の命を受けて検地をなせる際、境内地を除地せらる」とあり、このことから、江戸時代初期から当地に祀られていたことがわかります。
 昭和十三(1938)年、茅葺屋根の社殿を、総桧入母屋流造りの現在の社殿に改修しており、昭和四十(1965)年十月、住居表示の改正に伴い、馬橋の地名を保つため神社名を「馬橋稲荷神社」と改めました。
 本殿前の朱塗りの随神門は、昭和五十(1975)年鎮座七百年記念事業として建立されたもので、左右の随神像に磐間戸神を祀り、中央天井に都内最大といわれる開運の大鈴(直径七十五センチメートル)が吊るされています。当社の神輿は、高さ2.5メートル、台幅1メートル、重さ1.5トンの白木造りの大神輿で、大正十一(1922)年の平和記念東京博覧会に出品されたものです。
 正面の石造大鳥居は、高さ8メートルで昇龍・降龍が彫刻されており、東京三鳥居の一つといわれています。
 境内には、江戸末期から大正初期頃に男性の間で盛んであった力くらべに使用された力石や、絵馬・奉納額などが多数保存されています。

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