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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※神明氷川神社ではいただけません

しんめいひかわじんじゃ

神明氷川神社

東京都 中野富士見町駅

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03-3381-7629

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御朱印について
御朱印
あり
限定
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パーキング
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アルネ
2019年09月01日(日)
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幡ヶ谷氷川神社からさらに徒歩9分、神明氷川神社。16時前に到着。ちょうど去年の今頃、夏の日差しが暑い中、ウォーキングしていて偶然見つけて立ち寄ったのが、初参拝だった気がします。
蝉の声が響く境内は涼しく、清々しくも穏やかな、優しい「気」が漂っていました。幸い私の他に参拝客はなく、ゆっくりと丁寧に境内を拝観できました。手水舎で手を清め、社殿でお賽銭を入れ、二礼二拍手し、普通の音量で丁寧に祝詞を奏上していると、祝詞の終わる頃に神社の方が横の入口から拝殿内にあがってきて、中の灯りを点けてくださいました。そのおかげでガラス戸越しでも拝殿内の様子を隈なくより鮮明に観ることができて、ラッキーでした。
神さまが一年越しの再訪を歓迎してくださったのかも、と嬉しくなりました。
ご挨拶を済ませて社殿を離れ、その左隣にある摂社の方へ行ってみると、拝殿の奥にある本殿が見えて嬉しかったです。摂社の扉はすべて閉じられていました。残念。津島神社、宇賀大神、牛頭天王、稲荷大神と書いてありましたが…牛頭天王は他の神さまとは性質の異なる神さまのはずですので、一纏めに同じお社に入っているとは考えにくく、ほんとかな〜?とちょっと訝しんでしまいました。
鳥居からすぐのところにあるお社は、池にある橋を渡る造りになっており、右手に大国魂神社、左に宗像神社という札が立てられていました。こちらも扉はすべて閉じられていました。
お百度石が手水舎のすぐ横に立てられていたりと、境内の面積の割にはさまざまな神さまや石碑、銅像などがあって見どころがあります。境内の地面がきれいに掃き清められていたのがとても印象的でした。

神明氷川神社の建物その他

大通りから入ってすぐのところにあります。奥に拝殿が見えます。この時はまだ拝殿内はわずかな灯りだけでした。

神明氷川神社の手水

手水舎は広々しています。

神明氷川神社の建物その他

ご挨拶していたら、中の灯りが点けられ、御祭壇がよく見えました。それにより一層神々しさが伝わってきました。

神明氷川神社の本殿

ご挨拶の後に撮らせていただいたので、中が明るいです。

神明氷川神社の狛犬

阿形の狛犬さんです。参道右側を守っておられます。

神明氷川神社の狛犬

吽形の狛犬さんです。左側をお守りしています。

神明氷川神社の本殿

拝殿左横から見た本殿です。

神明氷川神社の鳥居

摂社のお社です。扉はすべて閉じられていました。

神明氷川神社の建物その他

津島神社と読めます。宇賀大神、牛頭天王、稲荷大神と書かれていました。

神明氷川神社の狛犬

摂社の阿形の狛犬さんです。

神明氷川神社の狛犬

吽形の狛犬さんです。

神明氷川神社の建物その他

御鎮座550年を迎えるそうです。

神明氷川神社の建物その他

お百度石のあたりから見た境内です。境内は入口から縦に長い敷地構成になっています。

神明氷川神社の建物その他

お百度石です。

神明氷川神社の自然

境内にある木、根っこの力強さに圧倒されます。地面を鷲掴みにしているような…。神さまの波動の影響と思えてなりません。

神明氷川神社の末社

手水舎横にある石です。パワーストーンのブレスレットが載せられていました。

神明氷川神社の建物その他

三光鱗神社?と読めるような気がします。

神明氷川神社の末社

入口からすぐの左手、池の奥にある境内社です。

神明氷川神社の建物その他

右の札には大国魂神社とあります。

神明氷川神社の建物その他

左が宗像神社とあります。

神明氷川神社の動物

池には何匹か、小さい鯉が泳いでいました。

神明氷川神社の歴史

由緒は、「当社は文明元年太田道灌が江戸城鎮護のため…」

神明氷川神社の歴史

「…武蔵大宮氷川神社の神霊を勧請」したとのことでした。

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歴史

御鎮座は文明元年(1469)大田道灌が武蔵大宮氷川神社より勧請し、毎年祭日には太田家よりら玉串が奉納されたと伝わる。旧雑色村字川島の鎮守社で、旧社格は村社(明治七年四月後加列)。
新編武蔵風土記(文化六年編。西暦1809)には氷川、神明合社と記されているが、神明社(祭神大日孁命 別名天照大神)の名は旧町名神明町の起源。神社の北方神田川の畔から移転合祀されたといわれる。明治十二年建造と伝えられる破損した鳥居の懸額には「天照皇大神宮・氷川神社」と並記されている。
社殿は弘化、嘉永の頃、別当寺正蔵院住職岸祐宜によって改築整備された。さらに大正十五年権現造り銅板葺きの社殿、昭和六年には神楽殿及び社務所竣功。しかし昭和二十年五月二十五日米軍空襲により焼失。戦後、数次に亘る復興計画で昭和三十三年九月現社殿・神楽殿が整った。

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神明氷川神社の基本情報

住所東京都中野区弥生町4-27-30
行き方

丸ノ内線「中野富士見町駅」から徒歩10分

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名称神明氷川神社
読み方しんめいひかわじんじゃ
通称神明氷川神社
参拝時間

09:00〜17:00

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号03-3381-7629
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://shinmei-hikawa-g.org/
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詳細情報

ご祭神《主》素盞嗚命,《配》大日孁命,櫛稲田姫命,事代主神,大山祇神
ご由緒

御鎮座は文明元年(1469)大田道灌が武蔵大宮氷川神社より勧請し、毎年祭日には太田家よりら玉串が奉納されたと伝わる。旧雑色村字川島の鎮守社で、旧社格は村社(明治七年四月後加列)。
新編武蔵風土記(文化六年編。西暦1809)には氷川、神明合社と記されているが、神明社(祭神大日孁命 別名天照大神)の名は旧町名神明町の起源。神社の北方神田川の畔から移転合祀されたといわれる。明治十二年建造と伝えられる破損した鳥居の懸額には「天照皇大神宮・氷川神社」と並記されている。
社殿は弘化、嘉永の頃、別当寺正蔵院住職岸祐宜によって改築整備された。さらに大正十五年権現造り銅板葺きの社殿、昭和六年には神楽殿及び社務所竣功。しかし昭和二十年五月二十五日米軍空襲により焼失。戦後、数次に亘る復興計画で昭和三十三年九月現社殿・神楽殿が整った。

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