じょうしんじ|浄土宗|九品山
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楽しみ方淨眞寺のお参りの記録一覧
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昨年駐車場が分からず諦めた浄眞寺さん。
今年こそはと電車で御朱印仲間とお参りに☘️
新緑の季節、眩いばかりの緑🌿
奥沢城址跡の広い境内、ゆっくりのんびりお参りを楽しませて頂きました。紅葉も綺麗なんだろうな🍁
九体の阿弥陀如来様にもお参り出来て感激🙏
気になったのは鷺草と白鷺、至る所にあります。
浄眞寺さんにはさぎ草伝説が伝えられていました。切ないお話しです。
16世紀後半。世田谷城主・吉良頼康は家臣にして奥沢城主である大平出羽守の娘・常盤姫を側室にしていました。その美しさゆえ、頼康に寵愛された常盤姫でしたが、妬む者がいました。頼康の側室たちです。彼女たちは常盤姫を陥れるため、姫が不義を犯したかのような話をでっちあげ、頼康に告げます。最初は気に留めていなかった頼康でしたが、何度も聞かされるうちに姫を疑い、遠ざけるようになります。
死を決意した常盤姫は、幼い頃から可愛がっていた白さぎの足に身の潔白を記した遺書を結び、実家の奥沢城へと放します。飛び立った白さぎはやがて、奥沢城近くで狩りをしていた頼康の矢で射落とされてしまいました。白さぎの足に結ばれていた遺書を読んだ頼康は、常盤姫の無実を知り、急いで世田谷城に戻りますが、時すでに遅し。姫は息を引き取っていました。後に白さぎを奥沢城の近くに埋めて供養したところ、なんと翼を広げた白さぎに似た花が咲きました。

約半年ぶりに東京、世田谷区にある九品仏浄真寺にお参りしました。
学生時代、近くに住んでいたため私にとって思い出のお寺です。
進学に伴って、上京が決まったとき都会を怖がっていた私は、この浄真寺というお寺を訪れて、こういう場所があるならば東京でも生活していけそうだと思ったものでした。
そして、よく一人で境内を散策しました。
この日の境内も、新緑にあふれて清々しく、都会の中で、ここだけ時間がゆっくり流れているかのようでした。
九品仏浄真寺の九品とは浄土三部経の中の「仏説観無量寿経」に説かれた教えのことで、極楽往生を願う人をその人の生き方に応じ上品(じょうぼん)の上中下、中品の上中下、下品の上中下と合計九種類に分けたものです。日常語の上品、下品もここから来た言葉です。
浄真寺の下品堂、中品堂、上品堂、にはどのお堂にも像高2メートル80センチ前後のとても大きく、穏やかなお顔の阿弥陀様が合計9躰いらっしゃり、優しく見守ってくださっています。
3つのお堂でお参りしたあと、
境内を九品仏駅の方向へ歩くと、「三途の川」を表した枯山水の川があります。
三途の川は、此岸と彼岸を分ける境目にあるとされる川です。
此岸とはわかりやすくいうと現世、彼岸とは、極楽浄土のことです。
三途の川を渡ると閻魔堂にお参りをすることができます。
閻魔堂では、お賽銭をすると閻魔さんのお告げが聞けるようになっています。
「人生は焦らず怠けず、蝋燭が少しずつ身を削りながら周りを照らすように・・・」という言葉をいただきました。
閻魔堂から山門に向かい、境内を後にしたあとは、東急東横線の自由が丘駅の方向に歩いて帰りました。お寺のなかとは違って、沢山の飲食店や雑貨屋さん、おしゃれなカフェなどがあって、歩いているとワクワクします。
私が学生だった5年前には無かった、新しいお店やショッピングセンターがあって、世の中が進んでいることを感じます。
その変化の早さはお寺とは対照的です。もちろん、お寺の境内も少しずつ整備され、新しい建物が建ったりしていますが、街の変化ほど大きく変わっていません。
私は、それは私たちの悩みや苦しみも同じだと思います。仏教では、人が生きていく上で避けられない苦しみを四苦八苦と表現します。
四苦とは、生老病死、すなわち生きること、老いること、病むこと、死ぬことです。
八苦とは、愛別離苦という愛する人と必ず離れる時が来るという苦しみ、怨憎会苦という憎い人と出会わなければならないという苦しみ、求不得苦という欲しいものごとが手に入らないという苦しみ、五蘊盛苦という自分の体や心が思い通りにならない苦しみです。
これらの苦しみは、世の中が変化しても変わっていない気がします。近くに新しくコンビニができて便利になったとしても、支払いがQR コードで簡単にできるようになったとして、意外と変わっていないと思うのです。
だから、私はお寺のような場所が必要だと思っています。私はお寺に行って、境内をゆっくり歩き、手を合わせると、落ち着くこともあれば、感謝の気持ちや懺悔の気持ちが生まれてくることもあります。もちろん、何か辛いことがあった時は、ただただ悲しい気持ちが込み上げてくることもあります。
普段、見えないように、見せないようにしている自分の感情や気持ちに気づくことができるのです。それは、清々しい新緑や、仏様、お寺という場が、頑張ろうとしている自分、演じている自分ではなく誤魔化していない本当の自分を見透かしていて、受け入れてくれると感じるからだと思います。
進歩する都市は新しいものを提供してくれますが、悲しみや苦しみ、怖れ、喜び、安らぎというような私たちのなかにある感受性は、ずっと昔から変わりません。
九品仏浄真寺にお参りしたこの日は、体調もよく、新録に癒されて満たされた気持ちで境内を後にしました。
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23.12.07。東急大井町線「九品仏駅」より徒歩3分。世田谷区奥沢7丁目にある浄土宗の寺院。
通称《九品仏》・《せたがや百景》
山号 九品山
院号 唯在念佛院
創建 延宝6年(1678年)
開山 珂磧上人
本尊 釈迦如来坐像
【縁起】〜当寺HPより抜粋〜
当山の正式名称は「九品山唯在念佛院浄眞寺」と号します。開山は江戸時代初期の高僧「珂磧上人」で、四代将軍徳川家綱公の治世延宝六年に奥沢城跡であったこの地を賜り、浄土宗所依の経典「観無量寿経」の説相によって諸堂宇を配置し、九躰(九品)の阿弥陀佛像を安置して創建されました。
紅葉の見頃時期で多くの人々が来られてました。風が強い日で、陽射しの中で落葉🍂が舞うところも風情あるものでした。現在、九躰の阿弥陀佛像は一部が修復中で、本日は五躰の拝観でした。また、新緑の季節に再訪したいお寺さんでした。
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大学生の頃に通っていたお寺、九品仏浄眞寺に参拝。
まずは、下品堂、中品堂、上品堂、本堂にそれぞれお参りをして、最後は閻魔堂で閻魔さんにご挨拶。
下品堂、中品堂、上品堂、には像高2メートル80センチ前後のとても大きく、穏やかなお顔の阿弥陀様が合計9躰いらっしゃいます。
どのお堂でも、優しく見守ってくださっている阿弥陀様に手を合わせると自然と頭が下がります。
また、現在、この9躰の阿弥陀様と、本堂のお釈迦様の修繕を20年かけて行っているところで、修繕のための勧進をすることができます。
今回は勧進写経をして、御朱印をいただきました。
仏様の光背に付いている「大化佛」「小化佛」に対しての勧進もすることができ、名前を化佛の背面に書いていただけるそうです。
こうして沢山の方のお気持ちが集まってできた仏様であることに思いを馳せると、大きな優しさに触れるような気がして一層感動します。
最後にお参りをした閻魔堂では、お賽銭をすると閻魔さんのお告げが聞けるようになっていました。
「人生は焦らず怠けず、蝋燭が少しずつ身を削りながら燃えるように・・・」という言葉をいただきました。
こういう偶然出会った言葉も一つのご縁として大切にしたいものです。
最初にこのお寺にお参りしたのは、大学進学で近くに引っ越してきたとき。
素敵なお寺に感動して家族に連絡し、車椅子の祖母とも一緒にお参りをしました。
今回の参拝でさらに思い入れが強くなった!また新緑が気持ち良い時期に来たい。


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