にっこうふたらさんじんじゃちゅうぐうし
日光二荒山神社中宮祠栃木県 間藤駅
4月〜10月
午前8時~午後5時
11月〜3月
午前9時〜午後4時
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方
参拝させて頂きました。朝6時過ぎに参拝後にそのまま男体山登拝に挑んだが想像以上の雪のため、3合目過ぎで引き返し翌日に予定変更しました。下は晴れてるけど、てんくらでは登山指数Cだったのでやっぱり厳しかった。
鳥居と社号碑
由緒書
境内図
階段の上が神門
拝殿
拝殿
拝殿修理中 かな
男体山の大蛇神像
本殿横から
いちいの神木
拝殿の裏側

日光二荒山神社中宮祠参拝⛩️ 栃木県巡り
日光中禅寺湖畔にあり男体山への登山口がある中宮祠へ、朝イチのため拝殿を工事していたため工事関係者以外は誰もいなく、こちらも貸し切り状態でゆっくりと参拝させていただきました🙏
4月25日から男体山が開山ですが、山頂にはまだ沢山雪が残っているそうです。
山頂奧宮までの往復は5〜6時間かかるそうです。
いつか行ってみたい⛰️
大きな⛩️
手水舎
願い叶えマス
中宮祠稲村神社
拝殿は工事中でした。
本殿
山霊宮
御神木 いちいの木
さざれ石
男体山登頂奧宮への入り口
4月25日から開山、山頂はまだ雪が沢山残っているそうです。
狛犬さん
奧宮遥拝🙏
牛石
境内から中禅寺湖
トトロ
右はアンパンマン?
御朱印は書き置きのみ

日光二荒山神社は太古、秀峰二荒山(男体山2484m)を神鎮まり坐す御神体山として尊崇したことから奉祀された御社である。
御祭神は二荒山の大神と申し大己貴命(大国主命)、妃神の田心姫命、御子神味耜高彦根命三柱の大神をお祀りし、延喜式名神大社、下野国一の宮と崇められ国幣中社に列せられた名社である。
主神大己貴命は国土経営、産業開発、凡ての産業を司り福の神と称へられ、農業、醸造、婚姻、温泉、医薬の祖神として遍ねく国土国民を守り幸へ給う神で、妃神、御子神と共に御神徳いよいよ高く広く輝き給うのである。男体の御山に大己貴命、女峰の御山に妃神、太郎の御山に御子神が鎮まりまして、親子三神大空に聳えて和気あいあい団欒の和やかさを拝すれば自ら景仰の思ひ新たなるものがある。 当社の境内地は面積凡そ三千四百町歩に及び伊勢神宮に次ぐ広大な境域で、日光連山の主峰男体山を始め、女峰山、太郎山、大真名子山、小真名子山、前白根山、奥白根山の諸山は夫々神体山として気高くそそり、鬱蒼たる原始林に囲まれ華厳滝、白雲滝、般若、方等七滝等名瀑がどうどうと千古の神韻を轟かしている。此等の地域は悉く神域たると共に日光国立公園
勝道上人による天応2年(782年)の男体山登頂ののち、延暦3年(784年)に建立されたという。この時、同時に中禅寺も二荒山神社の神宮寺として創建された。古くは「男体中宮」「男体権現」「中禅寺権現」とも称された棟札の写しによれば、永長元年(1096年)、久寿2年(1155年)、永暦2年(1161年)の社殿造営が確認されているその後、現在の社殿が元禄12年(1699年)に造営された。
当地は古くから男体山登山の表口とされ、現在も登拝口(登山口)が本殿横に位置している。入り口の登拝門は開山時(5月5日-10月25日)のみ門が開く。7月31日-8月8日の登拝祭の間は、中宮祠本殿から奥宮に神像が遷される
歴史をもっと見る|| 住所 | 栃木県日光市中宮祠2484 |
|---|---|
| 行き方 | JR日光線日光駅・東武日光線東武日光駅から東武バス湯元温泉行きで約55分「二荒山神社前」下車、徒歩1分
|
| 名称 | 日光二荒山神社中宮祠 |
|---|---|
| 読み方 | にっこうふたらさんじんじゃちゅうぐうし |
| 参拝時間 | 4月〜10月
|
| 参拝料 | 宝物館 500円 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり ■書置き
|
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 0288-55-0017 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.futarasan.jp/ |
| お守り | あり |
| SNS |
| ご祭神 | 二荒山大神 (大己貴命) |
|---|---|
| ご神体 | 男体山 |
| 創建時代 | 延暦三年(784) |
| 創始者 | 勝道上人 |
| 本殿 | 三間社流造 |
| 文化財 | 本殿、掖門、透塀、拝殿、登拝口鳥居(国の重要文化財) |
| ご由緒 | 勝道上人による天応2年(782年)の男体山登頂ののち、延暦3年(784年)に建立されたという。この時、同時に中禅寺も二荒山神社の神宮寺として創建された。古くは「男体中宮」「男体権現」「中禅寺権現」とも称された棟札の写しによれば、永長元年(1096年)、久寿2年(1155年)、永暦2年(1161年)の社殿造営が確認されているその後、現在の社殿が元禄12年(1699年)に造営された。 当地は古くから男体山登山の表口とされ、現在も登拝口(登山口)が本殿横に位置している。入り口の登拝門は開山時(5月5日-10月25日)のみ門が開く。7月31日-8月8日の登拝祭の間は、中宮祠本殿から奥宮に神像が遷される |
| 体験 | 祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬七五三御朱印博物館お守り重要文化財祭りアニメなどサブカル札所・七福神巡り一の宮伝説 |
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