佐野あかぎじんじゃ
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楽しみ方佐野赤城神社のお参りの記録一覧
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以前、この近くの寺中町という文字通りお寺の多い所に住んでまして、この辺りも庭みたいな感覚でしたが、当時はあまり寺社に興味がなくお参りしたことがありませんでした。
まぁ田舎の普通の神社だろうと思っていたのですが、意外にも御朱印が拝受できると聞いて行ってみることにしました。
まさか3種類もあるとは!? しかもなんか可愛い(*´∀`)
社務所で宮司の奥様と思われる方にどれにしますか?と聞かれ、思わず「全部ください!( ゚∀゚)」と・・・
見本から書き置きと思ったのですが実は直筆で、気のせいか奥様の顔が一瞬ウッ!マンドクセ(-_-)と曇ったように見えましたが、無事に拝領することができました(^-^;
昔、ヤマトタケルの東征か坂ノ上田村麿の蝦夷征伐だったかの帰りに陣を張った場所だったという伝承を聞いたことがあります。
ちなみに行く時に陣を張ったのが同じ佐野市内の馬門町にある浅田神社だったとか。
ちなみにここも小規模な古墳だという話を聞いたことがあり、裏側の少し盛り上がってるところがそうではないかと思います。
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創建不詳。『彦狭島王命』は豊城入彦命の孫にあたり、景行天皇から東山道一五国都督に任命されましたが、景行天皇13年(113)に東征の途中で病死してしまい、その遺骸を引き取り祀ったのが始まりで、
天慶8年(945)に遷宮した際に群馬県前橋市富士見町の赤城神社を勧請し、その時に社名を狭島から赤城明神に改めたそうです。
藤原秀郷が平将門の乱を平定したあとに武具を奉納したと伝わり、社殿奥の「四ツ塚」という所に「具足山・白旗山・幕山・差物山」などの地名が残っていて、また日本武尊が東征の際、この地に一泊したとも伝わっています。
鳥居は高さ405cm、周囲151cm。天明の鋳物師、丸山善太郎毎昭と同甚太郎易親によって明和6年(1769)に造られた銅造鳥居です。(市指定文化財)
そして天明鋳物で作られた明和8年製(1771)の天明鋳物銅製神鈴が拝殿前にあります。(市指定文化財)この鈴は、鈴の中に鈴がある二重構造になっていています。
現存する天明鋳物製鈴は全国的にも稀少で、中でも最大最古の作品とのことです。実際に振ることができます。
戦時中には終戦末期の昭和20年に、佐野市内の国民学校や寺社に関東軍の戦車連隊が配属になり、本土決戦に備えて、この神社にも戦車12輛、装甲車3輛が隠蔽されていたそうです。
その中の第3部隊の小隊長、福田定一少尉が作家の司馬遼太郎さんだそうです。その為に司馬さんの作品には佐野市がたびたび登場するとか
御朱印は社務所(ご自宅)の呼び鈴を鳴らして頂く事が出来ます。
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