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らいでんじんじゃ おくのいん

雷電神社 奥の院(助戸東山町)
栃木県 足利駅

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雷電神社 奥の院(助戸東山町)について

助戸東山の山頂にある雷電神社の奥の院
岩陰に隠れるように立つ祠

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くし
くし
2025年02月11日(火)1703投稿

【突撃!助戸東山登拝⛰️完結編】
せっかく助戸東山に登ったので、山の最高点にある奥の院も拝んでくことにしました。

しかしこの辺で脳内麻薬が切れてきたのか、手や足の傷がジワジワと痛み出す😖 通常は往復45分のコースを約1時間半~2時間掛けてなんとか踏破💨
日曜ということもあってか下雷電宮で3人くらいハイカーと会ったのですが、ほぼ同じくらいに出発したものの、楽々と上雷電宮まで行って戻ってきたらしく帰り道で全員と出くわしちゃって「こいつメチャクチャ遅くね?😁」と思われたと思う(^^;

当社は助戸東山を縦走しきって北側登山口から下り、山裾を回って帰ってくる予定でしたが、怪我で戦意喪失したためもと来た尾根道を戻り、下雷電宮の階段参道から下山。
まぁ助戸東山は、山裾に多数の寺社が立ち並ぶ織姫山と違って、定年寺以外はほぼ皆無なので山裾回っても全然面白くないんでね😵

足利中心部の平地寺社はほぼ巡り尽くしてしまったので、山上寺社案件にシフトし始めたのですが、グダグダながらなんとか最初のミッションである助戸東山の雷電神社はクリアすることができました👍
・・・しばらく怪我の回復に努めますので、次の行動・投稿は少し先になると思います😂www

雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)

雷電神社(下雷電宮)から、助戸東山の最高点付近にあるという奥の院(上雷電宮)を目指してさらに尾根道を進みます

雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)

ここ完全に周りは市街地に囲まれてる山なんだけどそれでもイノッチが出るらしい🐗💧
どうやって伝ってくるんだろ? 我々の知らない夜中に猪が市街地を闊歩してるのか😱

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雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
ヒイィィィ!😱 もっと精進しますのでお許しください燐隊長😭
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
なんとか無事に下雷電宮まで戻れました💨
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
行きはよいよい帰りは怖い 落ち葉が滑ったり、その下に隠された石とかに躓いたりするので、登りよりも下りの方が怖かった😰
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
足利市民たるもの、将来的には織姫神社から北の足利城跡こと両崖山、そして最終的には「関東の高野山」といわれてる行道山に登拝してみたいのですが、この体たらくでは何時になることやら😩
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
天道山のちょっと北、この辺りの何処かに「お姫様神社」というのもあるらしくそこも探索中👸 長野で「お姫さま神社」というのに行きましたが、地元にも似たような神社があったとは⁉️
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
今回、山頂神社に手を付け始めたのは、将来的にこの足利東部の天道山上にある日月神社を参拝してみたいので、その訓練の意味もあった😅(四角い電波反射板のある山) まぁこのグダグダ振りだと先が思いやられますが・・・😂
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
「祭神は天照大御神」という情報もあったのですが、たぶんこれは祭神とは無関係に、御神体代わりにどこの神社にもよく祀られてる神宮大麻を誤認したものと思われる
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
伝承によると、元々こちらの上雷電宮に火雷神、下雷電宮の方に大雷神が祀られてたらしい🔥⚡
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
雷電神社奥の院(上雷電宮)
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
奥の院はどこにあるのか?と周辺を探すと、少し下の岩陰に祠発見💡
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
足利百名山の木札も確認
雷電神社 奥の院(助戸東山町)(栃木県)
ケルンのような石積あり💡 やはりここが山頂ですね👍
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雷電神社 奥の院(助戸東山町)の情報

住所栃木県足利市助戸東山町
行き方

雷電神社 奥の院(助戸東山町)の基本情報

名称雷電神社 奥の院(助戸東山町)
読み方らいでんじんじゃ おくのいん
通称上雷電宮

詳細情報

ご祭神《主》大雷神・火雷命
《御嶽霊神碑》八海山國狭槌尊・御嶽山國常立尊・三笠山豊斟渟尊
創建時代平安時代末~鎌倉時代初期
創始者足利忠綱
ご由緒

足利市助戸丘陵内の山頂(標高約80米)に鎮座する雷電神社(助戸東山町1742番地)は、助戸各町在住者を氏子として崇敬し各町輪番制で祭事を行っている由緒ある神社であります。
御祭神は、大雷命、配祀、火雷命、山神大山祇命を奉祀し、毎年4月、10月の例祭日に、町内安全、五穀豊穰、商売繁栄等の諸祈願が執行されておりましたが現在は春祭りのみ続けられております。
御創建の年月は審かでありませんが古老の話によれば、往昔足利地方大干ばつに際し足利又太郎忠綱(唐沢城主)が当時農家の守護神たる上雷電宮(雷電神社の北裏山にあった)に使者を遣わし雨乞いをなされ、その御神徳を感じて下雷電宮を建立したのが現在の雷電神社の創祀といい伝えられております。
現在の建物は、享保19年申寅季(1734)地頭高木主水正・六角主殿の再建(棟札に明記)されたものであり、その後昭和32年2月建物の腐朽甚だしく、原形保存に努めるべく補修されております。
明治43年9月2日(1910)火雷命を奉祀する上雷電宮を隣接の山頂に鎮座する下雷電宮(現雷電神社)に合祀し現在に至っておりまりす。
当社御神体奉納箱書記載文によれば宝永3年(1706)3月25日神位正一位雷電大権現と記してあり、当時御贈位があったものと思料されます。
【別伝】
板倉沼が干上る旱魃の時,領主秋元侯(館林藩主秋元氏か?)自ら黒馬に乗って邑楽郡板倉沼畔の雷電宮に雨を祈願すると雷電山麓の田圃で雷雲生じ豪雨となる。従者の敷いた板の上で雨の収まるのを待ったので板敷田圃の名が残る。靈驗に報いるために山上に登り参拝した。この故事から雨乞いに黒駒の絵馬を奉納する習いがあった。
御神体箱書に「宝永三年1706三月二十五日神威正一位雷電大権現」と書かれている

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