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やまみやせんげんじんじゃ

山宮浅間神社のお参りの記録一覧
静岡県 西富士宮駅

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のぶさん
のぶさん
2022年05月18日(水)1689投稿

山宮浅間神社は、『信仰の対象』としての富士山の顕著な普遍的価値を証明する上で不可欠の構成資産である。
富士山本宮浅間大社の社伝によれば、山宮浅間神社は富士山本宮浅間大社の前身であるとされている。
山宮浅間神社では、本殿に相当する建築が参道の終端付近に存在せず、富士山の方向に展望の軸を合わせた位置に祭壇又は石列の区画から成る遥拝所を設けるなど、独特の境内の地割が見られる。
このような地割は、富士山に対する遥拝を主軸とする古式の祭祀の在り方を示しているものと推定されている。
また、遥拝所の位置は、約2,000年前の溶岩流の末端部に当たり、植生の回復が遅かったものと考えられる。
そこは、社叢に覆われた参道より約10mも高く溶岩流が露出する地形となっており、富士山に対する眺望も良好であったことから、遥拝を祭祀の主軸とする山宮浅間神社の適地とみなされたものと考えられている。
社伝によると、山宮浅間神社が現在の地に設けられたのは古く日本神話の時代であったとするが、その正確な年代は不詳である。
境内における発掘調査の成果によると、神事に使用されたものと推定される12~15世紀の土器が複数片出土しているほか、歴史資料によると1551年には神社の存在したことが確認できる。
また、1577年の『冨士大宮御神事帳』にも山宮浅間神社に関する記述が見られ、遅くとも16世紀後半までには、富士山本宮浅間大社と山宮浅間神社との間において、「山宮御神幸」と呼ぶ浅間大神の渡御に係る儀式が始められていたものと考えられている。
この儀式は、毎年4月及び11月に、浅間大神の宿った鉾を持つ富士山本宮浅間大社の神職らが、富士山本宮浅間大社と山宮浅間神社との間を往復する神事であった。
富士山本宮浅間大社及び山宮浅間神社の境内には、そのような神事に際して浅間大神を休めるために鉾を立てた「鉾立石」と呼ばれる基礎の石が計3基残されている。
また、神職らの着席位置を示す遥拝所の石列、境内唯一の建築物である籠屋も、かつての神事において重要な役割を果たした施設である。
この神事は1874年まで継続的に行われていたが、現在では行われていない。

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のぶさん
のぶさん
2022年03月13日(日)1689投稿

目標にしていた1000投稿にようやく到達しました😊節目は浅間神社の中でも特別な山宮浅間神社を選びました🗻⛩
浅間大神が最初に祀られた「山足の地」は、特定の地名を指すのではなく、富士山麓の適所を選んで祭祀を行った事を示すと考えられています。特定の場所に祀られるようになったのは、山宮(現在の鎮座地より北方約6キロ)にお祀りされてから後のことです。山宮は社殿が無く古木・磐境を通して富士山を直接お祀りする古代祭祀の原初形態を残す神社で、祭祀形態の変化をうかがい知ることが出来ます。
社記によれば、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国の夷(えびす=賊徒)を征伐するため駿河国(するがのくに)を通られた際、賊徒の野火(野原で四方から火をつけ攻められること)に遭われました。尊は、富士浅間大神を祈念して窮地を脱し、その賊徒を征伐されました。その後、尊は山宮において篤く浅間大神を祀られたと伝えられています。
富士山本宮浅間大社の社伝によれば、山宮浅間神社は富士山本宮浅間大社の前身であるとされている。
山宮浅間神社では、本殿に相当する建築が参道の終端付近に存在せず、富士山の方向に展望の軸を合わせた位置に祭壇又は石列の区画から成る遥拝所を設けるなど、独特の境内の地割が見られる。
このような地割は、富士山に対する遥拝を主軸とする古式の祭祀の在り方を示しているものと推定されている。
また、遥拝所の位置は、約2,000年前の溶岩流の末端部に当たり、植生の回復が遅かったものと考えられる。
そこは、社叢に覆われた参道より約10mも高く溶岩流が露出する地形となっており、富士山に対する眺望も良好であったことから、遥拝を祭祀の主軸とする山宮浅間神社の適地とみなされたものと考えられている。
社伝によると、山宮浅間神社が現在の地に設けられたのは古く日本神話の時代であったとするが、その正確な年代は不詳である。
境内における発掘調査の成果によると、神事に使用されたものと推定される12~15世紀の土器が複数片出土しているほか、歴史資料によると1551年には神社の存在したことが確認できる。
また、1577年の『冨士大宮御神事帳』にも山宮浅間神社に関する記述が見られ、遅くとも16世紀後半までには、富士山本宮浅間大社と山宮浅間神社との間において、「山宮御神幸」と呼ぶ浅間大神の渡御に係る儀式が始められていたものと考えられている。
この儀式は、毎年4月及び11月に、浅間大神の宿った鉾を持つ富士山本宮浅間大社の神職らが、富士山本宮浅間大社と山宮浅間神社との間を往復する神事であった。
富士山本宮浅間大社及び山宮浅間神社の境内には、そのような神事に際して浅間大神を休めるために鉾を立てた「鉾立石」と呼ばれる基礎の石が計3基残されている。
また、神職らの着席位置を示す遥拝所の石列、境内唯一の建築物である籠屋も、かつての神事において重要な役割を果たした施設である。
この神事は1874年まで継続的に行われていたが、現在では行われていない。
なお、「山宮御神幸」に使用された行路を「御神幸道」と呼び、その沿道には1691年に距離を表示するための一群の石碑が建立された。
現在、「御神幸道」の全体の正確な行路については明確でないが、出発点である富士山本宮浅間大社境内に残された御神幸道の首標以外に、沿道に当たる4箇所に石碑が残されている。
遥拝所は長方形の玉垣に囲まれています。
玉垣の中は石列で区分されたいくつかの遥拝所が設置されているそうです。
このような特異な形態は、富士山を神と考え、山体を直接拝む古代からの富士山祭祀の形を留めていると推定されています。
ここから富士山を直接拝んだとされているだけあり、玉垣の上には天気が良く雲が無い日は大きく富士山を仰ぐことができます。

境内に社殿がない、山宮浅間神社。何度か社殿を建てようとしたらしいのですが、その度に大風の被害に合い、建設することを断念したそうです。
本宮浅間神社の起源となった、最も古い歴史を持つ山宮浅間神社の遥拝所から仰ぐ富士山が富士山のパワーを1番感じることができる私のイチオシのスポットです😊
みなさんの投稿拝読して参拝してみたい寺社が山ほどあります、これからも無口でマイペースに愉しみたいと思います🙇‍♂️いつも、コメントやステキをいただき感謝です✨

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のぶさん
のぶさん
2021年12月08日(水)1689投稿

1人で参拝していると御朱印を書いていただいてる待ち時間とかによく話しかけられたり、周辺の神社の情報交換をさせていただく事があります、無論中年親父の私から話しかけるような事はしたことありません。この日お逢いしたした方は今日ここに呼ばれて来たと仰っていて話を聞くと夢で神様に呼ばれて目覚めて朝一で筑波から車走らせて静岡まで来られたと話してくれました。この場所でお会いできたことに不思議なご縁をお互い感じたようで初対面とは思えないくらい神社の話で盛り上がってしまいました。
この日は天気が良く須山浅間神社で富士山が綺麗に見えていたので予定を変更して元宮に急遽立ち寄る事にしましたが敬拝所から富士山がとても綺麗に見えていて、他の参拝客も居なかった為、しばらく富士山を眺めていたら、後から来られたその方が話しかけてきて、1時間ほど敬拝所でお話させて頂きました。
周辺のオススメの神社を聞かれ何箇所か教えてあげて、それぞれ次の目的地に向かいました。
長時間居たのに話ばかりしていて写真を撮るのをわすれてしまい写真少なめです。不思議なオーラをお持ちの方だったので、大抵は神社を離れれば会ったことすら忘れてしまう私ですが何故か一日中気になってしまうほど不思議な出会いでした。
ホトカミさんの中では神社に呼ばれるという表現をされる方はたくさん居ますがリアルでこの表現される方に会えたのは本当に嬉しかったです😊

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