ことのままはちまんぐう
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楽しみ方事任八幡宮のお参りの記録一覧
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遠江國式内社巡り 其の二十二
■神社名 事任八幡宮(コトノママハチマングウ)
■御鎮座 掛川市八坂
■御祭神 己等乃麻知比売命
■御例祭 旧暦八月十五日
現在は敬老の日前の金土日曜日
■式内社 遠江國六十二座佐野群四座
己等乃麻知神社(コトノマチノカミノヤシロ)
■旧社格 縣社
事任八幡宮は延喜式神名帳の遠江国六十二座佐野郡四座に列する、己等乃麻知神社に比定される古社です。
※遠江國は現在の静岡県西部の大井川以西、佐野群は現在の掛川市のほぼ全域と袋井市の東部の辺りを示します。
創建年代は詳細不詳ながら、成務天皇御代(四世紀中頃)との記録があります。
大同二年(807年)坂上田村麻呂東征の折、桓武天皇の勅命によって再興され、神社北側の本宮山から現在地(里宮)へ遷座させたと云われます。
平安時代後期に八幡信仰が広まると、康平五年(一0六二)に源頼義が石清水八幡宮から八幡神を勧請し、八幡宮を称することとなりました。
武家社会=八幡信仰の「同調圧力」により、古来からの「ことのまま」を封印し、江戸時代は誉田八幡宮、明治時代には県社八幡神社を名乗りました。
戦後の社格制度の廃止を機に、古来の社号に倣った事任八幡宮へと改称、さらには八幡信仰の下で本宮山元宮に遷されていた古の主祭神「己等乃麻知比売命」が再び本殿にもどられるのは、平成を迎えてからのこととなりました。
平安時代は清少納言の「枕草子」にも「ことのまま明神」として登場し、「願い事をそのまま叶えてくださる神」として京の都にまで名が知られ、はたまた江戸時代には十返舎一九の「東海道中膝栗毛」にも登場する東海道日坂宿のランドマークとして、東海道の難所の一つ「小夜の中山」を前に道中の安全を祈願する場所ともなり、時代の変遷とともに変化しながらも人々の崇敬を集める、全国でも唯一の「ことのまま」な神様をお祀りする神社です。
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この事任八幡宮もよく参拝に上がる(上がりたくなる)神社の一つです。
境内に身を置いて感じられる包容力みたいなものは別格な気がします。
神社においてこの言葉を用いるのは個人的には相応しくない、と思ってはいますが端的に分かりやすく伝えるなら、これが「パワースポット」って事なのでしょうね。
(私自身は「スピリチュアル」な感覚は多分鈍いですw)
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四季折々の催しや限定の御朱印をお受けするのも楽しみではありますが、今改めて地元遠州の古社式内社を巡らせていただき造詣を深めよう、と思い立っての巡拝です。
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キウイ狩りと称して娘を連れ出し、静岡県掛川市に。本当の目的は、近くにある遠江国一之宮、事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)にお参りすることでした。
「また騙されて神社巡りに付き合わされた…」と非難されましたが、キウイたくさん食べさせて付き合ってもらいました。
このあたりに御鎮座される一之宮ということで以前から気になっていました。もともと祀られているのは己等乃麻知比売命(ことのまちひめのみこと)で、言霊の神、興台産命の后神で、願い事のままに叶う言霊の社として京にも知れ渡っていたそうで、枕草子にも名前が出ているとか。
その後、武家社会になると八幡信仰が隆盛し、源頼義が京都から石清水八幡宮をこのお社に勧請してからは「八幡宮」を称するようになりました。
ですから、主祭神の己等乃麻知比売命のほかにも、八幡大神として応神天皇の母親である神后皇后=息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)、応神天皇=誉田別命(ほむだわけのみこと)が祀られており、また神武天皇の母親である玉依比売命(たまよりひめのみこと)もお祀りされています。
境内には、摂社である金刀比羅神社や稲荷神社もあり、山の中にある本宮を遠くから拝む遥拝所や、大木の洞に祀られたむすびの神、楠や杉の大樹など、見どころ満載でした。
むすびの神のお社のさらに上は、神域ということで立ち入り禁止地帯に。温かみのある神社ですが、さすが歴史の古い遠江国の一之宮…と、畏怖の念を抱きつつお参りさせていただきました。
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