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楽しみ方浜松八幡宮のお参りの記録一覧
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遠江國式内社巡り 其の十七
■神社名 浜松八幡宮(ハママツハチマングウ)
■御鎮座 浜松市旧中区八幡町
■御祭神 玉依比売命
品陀和気命(応神天皇)
息長足姫命(神功皇后)
■御例祭 八月十四日 十五日
■式内社 遠江國六十二座敷智郡六座
許部神社(コヘノカミノヤシロ)
■旧社格 縣社
浜松八幡宮は延喜式神名帳の遠江国六十二座敷智郡六座の許部神社に比定される古社です。
◆遠江國は現在の静岡県西部の大井川以西、敷地郡は浜名湖東岸から浜松市南西部の辺りを示します。
浜松八幡宮は元は式内許部神社として仁徳天皇御代に敷智郡蛭田郷の許部の里(現在の浜松市旧南区小沢渡町の辺り)に創建されました。
遠津淡海(浜名湖や周辺の水域)の海難鎮静のため、海運の神として知られる玉依比売命をお祀りしたのが始まりとされています。
その後、天慶元年(九三八)御神託により現在地(曳馬の里)に遷座されました。
この時の「白狐が老翁の姿で松の小木を携え宮地に導き、松を移し植えた」という故事が「浜松」の地名の由来になった、とも云われています。
(諸説アリ)
さらに永承六年(一0五一)には源義家(八幡太郎)陸奥へ下向の折に参詣し、神社の傍らの楠の下に旗を立て八幡神二柱を勧請されました。
(これにより、この楠を「 御旗楠 」と称するようになりました←後の雲立楠)
元亀元年(一五七0)に居城を岡崎から浜松へと移した徳川家康公は、八幡宮を浜松城の鬼門鎮守と定め、武運長久を祈り度々参拝したと云われています。
◆「雲立楠」の伝承
元亀三年(一五七二)三方原の合戦において、敗走する家康公は武田方の追っ手を逃れて八幡宮境内へたどり着き、楠の洞穴に身を潜め難を逃れました。
その際、洞穴の中で家康公が一心に八幡神を拝すると、楠より瑞雲が立ち昇り、神霊が白馬に跨った老翁の姿となって浜松城へ導いたと伝えられています。
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現在は浜松の中心市街地に在りながら鎮守の杜に囲まれ、厳かな静寂の中に佇んでおられます。
「特別な時」で無くとも、ふとした折にも参拝に上がらせていただきます。
お社に手を合わせ、御神木を拝見し心整える、、私にとっても大切な場所となっています。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
四季折々の催しや限定の御朱印をお受けするのも楽しみではありますが、今改めて地元遠州の古社式内社を巡らせていただき造詣を深めよう、と思い立っての巡拝です。
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参拝記念⛩️✨️
浜松八幡宮
静岡県浜松市に鎮座する浜松八幡宮へ参拝に上がらせて頂きました🙏
迷った挙げ句…
八重神玉巡拝の続きを行おうと思い静岡県で1泊することにしました💦
御前崎、菊川、掛川、田島など宿泊先の候補は幾らでもあるのですが…
浜松に行きたい飲み屋さんがあるので浜松一択です🍶✨️
土曜日は飲みに出歩いている人がいつもより多かったみたいで、どこも予約が満席(ToT)
浜松牡蠣センターで時間を潰してから、濱しょうさんにて桜海老のかき揚げと日本酒を堪能させて頂きました。
濱しょうさんでは地元のお話や浜松から見た長野県の話、最後には店主さんが行った姫路城と浜松城の対比など自虐ネタも含め素敵な時間をありがとうございました♪
そんな浜松城にはポツンと稲荷神社しか鎮座していない様子でしたので(^_^;)
お城にあまり興味がないワタクシは浜松八幡宮さんへ上がらせて頂きました。
浜松城は徳川家康の出世城というとこで浜松自体が徳川家康とゆかりが深いのだなーという印象でした。
浜松八幡宮さんも家康に関わるものがありました。




静岡県のおすすめ3選🎌
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