くほんじ|浄土宗西山禅林寺派|江西山
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浄土宗西山禅林寺派 江西山 九品寺(くほんじ)
JR琵琶湖線「大津」駅から徒歩で約8分。
この辺りはお寺が多いところなのですが、今回元々はお参りする予定には入っていませんでした。
ところがなぜか山門の前を通りかかった際に「手を合わせて行こう」と思って少しだけ立ち寄らせていただきました。
不勉強で申し訳なかったのですが、後で帰宅後に九品寺のことを調べるととても歴史があるお寺さんでした。
健保3年(1215年)、法然上人の高弟・長西によって開基。
長西は「念仏以外の諸行も本願として位置づけ極楽往生を期する教え」諸行本願義を唱え、九品寺派の元祖となりました。
諸行非本願とした法然上人の教えに反すると批判も受けたとのことですが、鎌倉や京都では広く支持を得て影響力があったとのことです。
なお九品とは九品浄土という仏語で、阿弥陀仏の極楽浄土のことだそうです。
極楽に往生する人の九種の階位(上品・中品・下品、それぞれに上生・中生・下生)がある。
御本尊は阿弥陀如来坐像。
また所蔵されている聖観音立像は重文に指定されています。
こちらの九品寺には、坂本龍馬のお世話をしていた寺田屋の女将・お登勢の両親の墓があるそうですが、墓地のほうには足を踏み入れてなかったためこのときは気付きませんでした。
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当山は江西山浄土院と号し、浄土宗西山派永観堂禅林寺に属す。健保三年(1215)長西によって開基。天和年代(1681~3)俊教比丘これを中興し不退常念仏道場とす。明治十一年(1878)大谷西方寺(文禄五年(1596)養景開基)を併合して今日に至る。本尊阿弥陀如来坐像・聖観音立像を祀る。領内に宝篋印塔・五輪塔あり室町時代の造作という。慶長五年(1600)関ケ原合戦時に徳川家康軍に味方した大津城主京極高次の戦略によって伽藍焼失の難を被るなど幾多の変遷を経て平成十四年(2002)五月本堂の改装新築開眼、当時に所縁の竹内義夫(1931年京都出身文部科学大臣賞受賞美術作家)の筆によって格天井内外陣と脇壇の間左右に四季花絵図・四季鳥絵図の完成を見た。山内に慈王殿あり。伝承に『本尊地蔵菩薩の木像なり。傳えいふ寳永年代(1704~10)の或る日、地蔵菩薩の畫像一軸境内の松樹に掛かれり。其の来所を知らず数日を経るも求むるものなし。依て是を堂内に安ず。信徒等畫像の破損せるを厭い木像を摸刻し且つ一堂を建立して安置せしものなり』と言う。寺物に「九品寺文書」ありて天和二年(1682)本堂奉加帳に百石町九品寺と記された大津浄土宗五寺の一宇なり。
開祖長西上人「1184~1266年讃岐國誕・房号覚明」は浄土宗開祖法然上人の高弟にして師滅後西山義流祖證空に学び、“念仏諸行も共に弥陀の本願”とする「諸行本願義」を唱えた九品寺派の元祖にして「浄土依憑経論章疏目録」(長西録)「選擇本願念佛集名體決」等の著作あり。その門流を九品寺流と称し鎌倉時代中期以降大いに興隆した西山禅林寺派の流れを受け継いで今日に至る。境内に開祖「覚明」の墓碑あり。
「九品」とは仏語に言う極楽に往生する人に九つの品位あり、九品浄土と言う。経典「観無量寿経」に在る。
写真












九品寺の情報
| 住所 | 滋賀県大津市京町1-2-1 |
|---|---|
| 行き方 |
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九品寺の基本情報
| 名称 | 九品寺 |
|---|---|
| 読み方 | くほんじ |
| 電話番号 | 077-523-2039 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| ご本尊 | 弥陀三尊 |
|---|---|
| 山号 | 江西山 |
| 院号 | 浄土院 |
| 宗旨・宗派 | 浄土宗西山禅林寺派 |
| 創建時代 | 健保三年(1215) |
| 開山・開基 | 覚明房長西上人 |
| 文化財 | 聖観音立像:重要文化財(大津市歴史博物館委託) |
| ご由緒 | 当山は江西山浄土院と号し、浄土宗西山派永観堂禅林寺に属す。健保三年(1215)長西によって開基。天和年代(1681~3)俊教比丘これを中興し不退常念仏道場とす。明治十一年(1878)大谷西方寺(文禄五年(1596)養景開基)を併合して今日に至る。本尊阿弥陀如来坐像・聖観音立像を祀る。領内に宝篋印塔・五輪塔あり室町時代の造作という。慶長五年(1600)関ケ原合戦時に徳川家康軍に味方した大津城主京極高次の戦略によって伽藍焼失の難を被るなど幾多の変遷を経て平成十四年(2002)五月本堂の改装新築開眼、当時に所縁の竹内義夫(1931年京都出身文部科学大臣賞受賞美術作家)の筆によって格天井内外陣と脇壇の間左右に四季花絵図・四季鳥絵図の完成を見た。山内に慈王殿あり。伝承に『本尊地蔵菩薩の木像なり。傳えいふ寳永年代(1704~10)の或る日、地蔵菩薩の畫像一軸境内の松樹に掛かれり。其の来所を知らず数日を経るも求むるものなし。依て是を堂内に安ず。信徒等畫像の破損せるを厭い木像を摸刻し且つ一堂を建立して安置せしものなり』と言う。寺物に「九品寺文書」ありて天和二年(1682)本堂奉加帳に百石町九品寺と記された大津浄土宗五寺の一宇なり。
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