むさしにのみや かなさなじんじゃ
武蔵二宮 金鑚神社のお参りの記録一覧(2ページ目)
日本武尊好きなので
日本武尊を助けた火打石を納められてると
聞いて行きたかった場所。
奥宮がある場所からの眺めは最高でした。
奈良県の大神神社と同じく
本殿はなく御神体は山。
金鑚神社(かなさな~)は、埼玉県児玉郡神川町字二ノ宮にある神社。式内社(名神大)で、旧社格は官幣中社。武蔵國二之宮(論社)。現在は神社本庁の別表神社。主祭神は天照大神、素戔嗚尊、配祀神は日本武尊。当社は拝殿のみを有し、神体山を直接拝する古代祭祀の形式を有する。旧官幣社・国幣社でこの形式をとるのは、当社以外には諏訪大社(長野県)と大神神社(奈良県)のみ。
社伝によると、日本武尊が東征の際に伊勢神宮にて叔母の倭姫命から授けられた草薙剣と火鑚石(火打石)のうち、火鑚石を当社背後の御室山に御霊代として納め、天照大神と素戔嗚尊を祀ったのが始まり。平安時代の801年には坂上田村麻呂が蝦夷征討に向かう途中で当社に参詣し戦勝祈願をした。国史の初見は『日本三代実録』で862年に「金佐奈神」の神階奉授、官社に列し、同年神階昇叙の記載がある。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載されている「武蔵國 児玉郡 金佐奈神社 名神大」に比定されている。また、武蔵国二之宮と称され、当地の地名も「児玉郡神川村二の宮」となっているが、通説では武蔵国二之宮は二宮神社(東京都あきる野市二宮)とされているほか、大國魂神社(東京都府中市)では西殿に五之宮として祀られ、同社の例祭・くらやみ祭りでは、当社は武蔵国五之宮として現在でも参加している。平安時代後期には、源義家が奥州征伐にあたり戦勝祈願に訪れている。
鎌倉時代には、武蔵七党の一つ、児玉党の尊信が篤く、近郷二十二カ村の総鎮守として祀られた。江戸時代になると、徳川幕府から朱印地30石を下賜され、別当の一乗院とともに栄えた。明治時代の近代社格制度の下では、国幣中社に列格した。
当社は、JR八高線・丹荘駅の南西5kmの、国道462号線沿いの山の麓にある。国道沿いに大きな鳥居があり、200mほど登った場所に駐車場があり、さらに徒歩で100mなだらかな坂道を進むと社殿がある。自然あふれる広々とした境内は神仏混淆の時代の名残りが感じられ、入口付近にある多宝塔が国指定の重要文化財であったりする。また、本殿を持たない珍しい祭祀形態も興味深い。
今回は、武蔵國の式内社(名神大)、旧官幣中社、武蔵国二之宮、別表神社であることから参拝することに。参拝時は週末の午前中で、七五三の時期ということもあり、家族連れや夫婦連れ、登山に来ている人(当社は登山口にもなっているので)、神社好きおひとり様など、参拝者は割と多くいた。
国道沿いにある<一の鳥居>と<社号標>。 ※美しい紅葉は2020年のもの。2021年はこれからかも。
参道を少し進むと<二の鳥居>。クルマやバイクは左側をしばらく進むと駐車場がある。
駐車場から見た<参道>。
参道右側の高い場所には、国の重要文化財に指定されている<多宝塔>がある。戦国時代の1534年に、近隣の阿保郷丹荘の豪族・阿保弾正全隆が寄進したもの。
参道をさらに進むと、銀杏の黄色が溢れているエリアに入る。
こちらが、銀杏のじゅうたん。
参道が緩やかに右に曲がって登って行くと、右側に<社務所>が現れる。
社務所前を通り過ぎると、社殿に向かう手前に<神橋>がある。
神橋の先にある<三の鳥居>。神域の入口になっている。
鳥居をくぐって進み、左側にある重厚な<手水舎>。
参道の突き当りにある<神楽殿>。
神楽殿の手前で右を向くと、階段の上に東面して建つ<拝殿>がある。
<拝殿>全景。落ち着いた雰囲気のシックな外観。
<拝殿>正面。扁額は掛かっていない。
拝殿の右側の建物群。
拝殿に向かって右後ろにある、<御神木>と思しき大銀杏。
<社殿>全景。拝殿右側には昇殿祈祷の階段がある。
当社では山自体が御神体なので、<本殿>はないはずだが、拝殿の後ろにはこの建物が立っている。門と塀だけかな。
拝殿前から、拝殿の左側を望む。紅葉がきれい。
拝殿の左側の敷地にある境内社群。
拝殿の左側の敷地には、動物捕獲用の檻らしきものがある。見れば「イノシシ捕獲用の箱わな」らしい。(^_^;)
さらに奥に進むと、ハイキングコースの登山口になっていて、当社<奥宮>や特別天然記念物の<鏡石>などがある。今日は時間がないのでパス。
こちらが拝殿左側敷地の境内社群。
あらためて<社殿>全景。
七五三の昇殿祈祷をしていた家族が、拝殿前に出てきて記念撮影をしている。
帰路につき、神橋付近の景色。赤・黄・緑のコントラストが美しい。
最後に<社務所>。御朱印はこちら。(^▽^)/
ホトカミを開発するエンジニアの菊地くんが奉仕する武蔵二宮である金鑚神社(かなさなじんじゃ)の火鑚祭り(ひきりまつり)に参列し、玉串拝礼させて頂きました。
乾燥する冬に向けた火除けの神事でしたが、真っ暗になる瞬間はとても幻想的でした。
古代からの信仰の地であったことが伺える地形でした。
明治はじめまでは、神仏習合していました。
お祭りなので、特別に紫です。
案の上には、火打ち石が見えます。
本殿四隅の火を一度全て消し、真っ暗になった状態で再度火打ち石で火を起こし、四隅でも火がつけられます。
このお祭りに合わせて、本殿も設計されているそうです。
延喜式内名神大社(武蔵國児玉郡/金佐奈神社)、武蔵國二宮、旧官幣中社、現別表神社です。
御嶽山の麓に鎮座され御本殿はなく、拝殿後方の御室山(御室ヶ嶽)をご神体としてお祀りしているとのことです。
御嶽山の一峰である岩山の山頂には奥宮の小祠があり眺望がすばらしかったです。
また中腹には国の特別天然記念物に指定されている「鏡岩」があります。
神仏習合の名残が多くあり、境内には国の重要文化財である「多宝塔」、岩山山頂までの登拝道には道祖神が多くみられ、山頂近くには石仏群がありました。
正直言いますと、「御嶽山」と「御室ヶ嶽」と「岩山」との関係が理解できておりません、が、しかしながら、大変見どころ多く素晴らしい神社でした。
御朱印・御朱印帳をいただきました。
感謝です!!拝。
参道の途中にある「多宝塔」(国の重要文化財)
登拝道の入り口にある遥拝式場
岩山への山道の途中にある「鏡岩」(国の特別天然記念物)
岩山山頂に鎮座される奥宮
武蔵国式内社巡りで参拝しました。
山が御神体なためか登り坂なのが少し辛かったですね。
一の鳥居
かなり大きいです。
宝塔
宝塔説明
車止め
由緒書き
この橋の向こうは神域です。
境内
綺麗に整備されています。
手水舎
神楽殿
拝殿
ご祈祷も行なっているらしく、拝殿右側から昇殿できます。
本殿はなく門と囲いだけ構成されています。
神饌所
末社
この奥から御嶽山に登れるようです。
奥にあるのが授与所です。
御朱印は500円。
今年も正月のご奉仕をさせていただきます。
新年1月のご祈祷についてですが、
1日8:00~17:00
2日8:30~16:00
3日6:00~17:00
4日以降9:00~16:00
だいたい2,30分間隔で順次受付、神事開始となります。
当日は道路が大変混雑いたしますので、お越しになる方はお気をつけてお参りください!
拝殿にてご祈祷を執り行います。標高が高く山に囲まれているため、お正月期間は大変寒くなります。拝殿内は暖房が効いておりますが外は大変寒いので、防寒対策をしっかりした方が良さそうです。
休みがあったので武蔵国二ノ宮を一度は参拝しようと、電車、バス、ハイキングと片道4時間半かけて、寒い中たどりつけました。
山の中にある神社、アクセスする道は大型車が行き交い怖い歩道を歩き道が上りきったところに一の鳥居がありました。
平日でとてもすいてましたが、社務所はしまっていました。午後2時頃でしたが、朱印は午前中だけ、と…。
こちらにある情報でも9-17時開所で、神社HPなども見ましたが休止や短縮の説明は一切ありませんでした。ですから大丈夫だと確信して行ったのですが…orZ
小さな寺社なら電話確認したのですが、武蔵国二ノ宮というからには、普通の授与所態勢を敷いていると思い込んでしまいました。
空足はダメージが巨大ですので、必ず事前確認が必要な寺社です。
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