いなりじんじゃ
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埼玉県熊谷市仲町に鎮座する神社。
かねてから稲荷神を深く信仰していた熊谷次郎直実公が、戦で数々の危難に遭いながらも「弥三左衡門」という武者に助けられ武勲を上げた。
戦勝後の元久2年(1205)、直実公は「熊谷寺」境内に祠を設け稲荷神を祀り、居城の鎮守とした。そういった由来から「弥三左衛門稲荷」とも呼ばれた。
その後、慶長年間(1596〜1615)に熊谷寺中興の祖・幡随意上人が社殿を再建し、享保4年(1719)には正一位の神位を受けた。
明治の神仏分離によって熊谷寺の管理を離れ、明治2年に鎌倉町の「愛宕神社」境内に遷座されるが、明治31年に再び旧杜地(現在地)に遷座され、現在に至っている。

JR高崎線熊谷駅から徒歩15分
秩父鉄道きた熊谷駅から徒歩10分弱のところに居られます。
熊谷寺の境内の南西の端に位置しており、境内社なのかなと思います。
熊谷寺は今は一般の参拝はできないようになっておりますが
こちらの神社は門が空いており参拝可能となっております。
1205年創建で、稲荷神を深く信仰していた熊谷直実(熊谷駅前の銅像の人)は
戦で数々の危機に迫っても弥三左衛門という武者に助けられ武勲を上げたそうです。
この弥三左衛門こそが稲荷神で、それを知った直実は熊谷寺境内に祠を設け稲荷神を祀ったそうです。そのため、「弥三左衛門稲荷」とも呼ばれているそうです。
また、「奴稲荷」とも呼ばれており、子育て稲荷として名高く関東一円に崇敬者がおられるそうです。
狭い境内で、通りすがりで見かける町の神社さんかなと思っててごめんなさい。
由緒みてびっくりしました。弥三左衛門のエピソードだけでもすごいのに子育て稲荷として病弱な子供が元気になるとか凄いですね!
駐輪場と化しているのがなんかほんと勿体ない…
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稲荷神を深く信仰していた熊谷次郎直実公は、戦で数々の危難に遭っても弥三左衡門という武者に助けられ、武勲を上げた。
余りの不思議さに直実公が弥三左衡門にその素性を尋ねたところ、「吾は、汝が信ずるところの稲荷明神なり。危難を救わんがため熊谷弥三左衛門と現じけり」と言い、忽然と姿をけした。
その霊威に感じた直実公は、帰陣の後、熊谷寺境内に祠を設け稲荷神を祀り、居城の鎮守とした。
こうしたところから弥三左衛門稲荷とも呼ばれた。
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