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仙波東照宮ではいただけません
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仙波東照宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年04月04日(火)
参拝:2022年10月吉日
埼玉県川越市小仙波町にある神社(東照宮)。日光・久能山と並ぶ日本三大東照宮の1つ。
元和2年(1616)、駿府城にて徳川家康が亡くなると一旦久能山に葬り、元和3年(1617)日光山に改葬の途中、遺骸を喜多院に留めて天海僧正が導師となり大法要が営まれた。
そのことから境内に東照宮が祀られ、寛永10年(1633)に社殿が造営された。
寛永15年(1638)の川越大火で焼失するが、徳川家光によって川越藩主で老中の堀田正盛が造営奉行に命ぜられ、幕府によって再建された。江戸時代を通じ社殿や神器等全て江戸幕府直営であった。
本殿には木像の家康公像が祀られている。石鳥居は寛永15年(1638)に堀田正盛が奉納したもの。本殿のまわりには歴代の川越藩主が献燈した石灯籠が並ぶ。拝殿にある三十六歌仙絵額は岩佐又兵衛筆で知られ国の重要文化財。岩槻藩主の阿部重次が奉納した「鷹絵額十二面」は狩野探幽作で知られる。
また、童謡『あんたがたどこさ』発祥の地と言われる。
元和2年(1616)、駿府城にて徳川家康が亡くなると一旦久能山に葬り、元和3年(1617)日光山に改葬の途中、遺骸を喜多院に留めて天海僧正が導師となり大法要が営まれた。
そのことから境内に東照宮が祀られ、寛永10年(1633)に社殿が造営された。
寛永15年(1638)の川越大火で焼失するが、徳川家光によって川越藩主で老中の堀田正盛が造営奉行に命ぜられ、幕府によって再建された。江戸時代を通じ社殿や神器等全て江戸幕府直営であった。
本殿には木像の家康公像が祀られている。石鳥居は寛永15年(1638)に堀田正盛が奉納したもの。本殿のまわりには歴代の川越藩主が献燈した石灯籠が並ぶ。拝殿にある三十六歌仙絵額は岩佐又兵衛筆で知られ国の重要文化財。岩槻藩主の阿部重次が奉納した「鷹絵額十二面」は狩野探幽作で知られる。
また、童謡『あんたがたどこさ』発祥の地と言われる。
すてき
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竜王1062投稿
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