なかひかわじんじゃ
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鎌倉街道散策(所沢山口)2
【散策ルート】
西武球場前駅〜①山口観音〜②山口城跡〜③中氷川神社〜④北野天神社〜⑤小手指原古戦場跡〜⑥白旗塚〜⑦誓詞橋〜小手指駅
山口観音から山口城跡までは徒歩で30分以上掛かるので、ここは電車で下山口駅まで移動。下山口駅から所沢武蔵村山立川線を左へゆっくり10分程歩くとスーパーの交差点左手に現れる。前回は電気工事、今回は草刈業者が遮っていた。
②山口城址
山口城は平安時代末から鎌倉・室町時代にこの一帯を本拠とした武蔵武士の山口氏によって築かれました。この場所は北に椿峰の丘陵がせまり、南は柳瀬川と、湿地に囲まれた要害の地で、西側には鎌倉街道が通っていた。
平安時代末期に武蔵七党村山党の山口家継によって築城された。以来代々山口氏の居城となる。
南北朝時代の応安元年(1368年)新田義宗、脇屋義治の挙兵(武蔵野合戦)に呼応した武蔵平一揆のおり、山口高清は一揆の中心・河越氏の側につき、鎌倉公方足利氏満方の上杉憲顕に攻められ山口城は落城した。
所沢武蔵村山立川線をより西へ5分程で、右手に現れる。
③中氷川神社
所沢市山口にある県社の氷川神社です。中氷川神社の創建年代等は不詳ながら、足立郡大宮の氷川神社と西多摩郡氷川村の上氷川神社との中間に鎮座することから中氷川神社と言われている。祭神は素盞嗚尊、稲田姫命、大己貴命、七社大神。
多摩湖から北に下った鎌倉街道は西武線の線路を越えて中氷川神社の横に出る。
中氷川神社というのは、丁度、本家の氷川神社と奥多摩氷川の奥氷川神社の中間にあり、3社で本社・中社・奥社の関係にあるという。
社殿は、武蔵七党の一つ村山党の一族山口家継が後鳥羽上皇の頃に造営し、南北朝時代に山口高治が大営繕。
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