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本太氷川神社の御由緒・歴史

埼玉県 浦和駅

ご祭神《合》宇加之魂神,大日貴尊,菅原道真,《主》建速須佐之男命
ご由緒

(「氷川神社 御由緒」の立て札より)

□御縁起(歴史)
 当地の地形は、おおむね平坦であるが、東西に狭く、南北に長い小さな谷をなしている。地名の由来は、当社の鳥居扁額に「元府址」と書かれていることから、国府の出先機関があったからという説、「ふと」は低地や耕作・居住に適する地いう意味があるためという説がある。当社は本太の古くからの集落のほぼ中央に鎮座し、その境内には武蔵野では珍しい落葉樹「ソロ」の木が茂っている。
 勧請の年代は明らかでないが、当社には、慶安三年(一六五〇)に建立された県指定文化財の旧本殿と、同じく県指定文化財の宮殿の二基が安置されている。この宮殿は文安五年(一四四八)銘の案に載せられ、その前に木鉾が立てかけられている。その銘文によると、宝徳三年(一四五一)九月二十四日、当地の地頭高埇左衛門盛影が氷川大明神の大檀那として、神輿と鳥居を造立寄進したものである。また、取持奉行は、めうおん寺の二位僧都賢永、大工はにいくらの二郎三郎、かぬみつ、同左衛門二郎の名が見える。
 大檀那の高埇左衛門盛影とは、高埇郷を本領する武士とされる高鼻和太郎の後裔と考えられる。同郷は現さいたま市浦和区から大官区にかけての地域に比定される。『吾妻鏡』文治五年(一一八九)七月十九日の条に、奥州平泉の藤原氏攻めに向かう源頼朝の軍勢の中にこの高鼻和太郎の名が見える。

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