ほうちょうじ|曹洞宗|青苔山
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所在地:埼玉県秩父郡横瀬町横瀬1508
山 号:青苔山
宗 派:曹洞宗
寺 格:
本 尊:十一面観世音菩薩
創 建:
由 緒
法長寺は、凉堂寒清大和尚(1606年(慶長11年)寂)が開山したと伝わり、開基は内田家2代図書頭重賢である。元々、札所七番は牛伏堂で根古屋3区の牛伏にあったが、1782年(天明2年)の火災で牛伏堂が焼失し本尊の十一面観音像が別当寺の法長寺本堂に遷されたため、現在は法長寺が札所七番とされる。
牛伏堂の由来には諸説あるが、その中に平将門にまつわる伝承がある。花園左エ門という者の家来が、平将門と戦って敗れこの地で亡くなった。やがて承平天慶の乱が終わり、その妻がこの地を訪れると夢に夫が現れ「将門と戦ったため、村のある家の牛の子に生まれて苦しんでいる。」と告げた。妻はただちに尼となって観世音菩薩に仕えたところ、その功徳によって夫の苦しみがなくなったというものである。また、別の伝承では、牧童が草刈りをしていると一頭の牛が現れ、その牛は地に伏して動かなくなってしまった。一夜が明け、牛の姿はなく十一面観音像があった。このため、牛は観世音菩薩の化身だったと考え、十一面観音像を祀り牛伏堂を建立したと言うものもある。(Wikipediaより)
#秩父三十四観音巡礼 第七番札所
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埼玉県 秩父郡 横瀬町 横瀬に境内を構える、青苔山 法長寺、2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を参拝してますが、秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 青苔山、寺号は 法長寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 十一面観音菩薩、秩父札所三十四観音霊場 第七番札所、札所ご本尊は十一面観世音菩薩 日本百観音 の一つ、法長寺は、凉堂寒清大和尚(1606年(慶長11年)寂)が開山したと伝わり、開基は内田家2代 図書頭重賢で、元々、札所七番は牛伏堂で根古屋3区の牛伏にあったが、1782年(天明2年)の火災で牛伏堂が焼失し本尊の十一面観音像が別当寺の法長寺本堂に遷されたため、現在は法長寺が札所七番とされる、横瀬町の史跡に指定されている、本堂は、間口24.4m奥行18m瓦葺入母屋造の秩父札所随一の大伽藍で、本堂の中に観音堂があるという珍しい造りとなっており、平賀源内の原図を元に設計されたと伝わる、また、堂内正面の欄間には四国八十八箇所の第八十六番札所 志度寺 縁起玉取り物語の彫刻がある、牛伏堂 縁起は行基が自ら刻んだ十一面観音を背負ってこの地を行脚中、急に観音像が重くなったので仕方なく置いて立ち去った。後に土地の牧童が草刈りをしていると、一頭の牛が現れて、座って動かなくなりました。そこで調べてみると、草の中に観音像が見つかったので、村人たちとともに堂宇を建てて、像を安置し牛伏堂と名づけました。これがこの秩父札所7番の観音堂を、別名牛伏堂と呼ぶ由来です。また、平将門との戦いに敗れた武士が死後に殺生の報いで牛となっていたのを、残された妻子が尋ね出し、出家して観音に祈って供養した、という物語も残っております。本堂脇に、牛の石像があります
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令和4年4月 / 秩父1泊2日旅・1日目。
【札所五番 / 語歌堂】から【札所七番 / 法長寺】です。
(地元の方3人から五→七→六→八の順番をすすめられました。
【札所六番 / 卜雲寺】から【札所七番 / 法長寺】は約1.4キロメートルだそうです。)
本堂は平賀源内の原図を元に設計したと言われているそうです。
【牛伏堂】とも言われているそうですが、謂れには諸説あって面白いです。
由来の石像を見るのを忘れてしまいました。
境内には豊川稲荷を祀る神社がありました。
そして、こちらで出会えました❤️
【おみくじ】
このタイプのおみくじが大好きです。
基本的に中は見ませんが、結願したら見ちゃうかも。
そして、ここから【同行二人】に。
次は【卜雲寺】へ向かいます。
《 MEMO 》
【札所五番 / 語歌堂】14:32 → 徒歩(ナビで) → 15:02 【札所七番 / 法長寺】15:22 →

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