えいふくじ どうじどう|真言宗豊山派|華台山
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楽しみ方永福寺 童子堂のお参りの記録一覧
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【華台山(かだいさん)童子堂(どうじどう)】
本尊:聖観音
宗派:真言宗豊山派
開山:ー
御詠歌:極楽を ここで見つけて 童う堂 後の世までも たのもしきかな
秩父札所三十四観音霊場 第22番札所。

【仁王門・観音堂】

【観音霊験記による縁起:讃州の人、化犬となる】
昔、讃岐に富裕な農家がありました。その主は欲深でした。ある時、この農家に一人の僧が訪ねてきて食べ物を求めましたが、主は一切施しをしませんでした。僧は「せめて糠(ぬか)でも」といいましたが「それは犬の餌だ」といってとりあいませんでした。そこで、僧が犬を呼んだところ、この家の息子がやってきてこれを食べ、犬になってしまいました。主は驚いて僧を拝み、罪を悔いましたが「これは私の力ではなく仏の罰だから、童子堂に祈りなさい」と教えて去りました。主は、この犬を連れて四国、西国、坂東の霊場を順拝し、そして秩父のこの寺に着いたところ、犬がもとの息子の姿に戻ったといいます。




埼玉県 秩父市 寺尾 に境内を構える、華台山 童子堂 (永福寺) 2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を参拝してますが、ここ秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 華台山、寺号は 永福寺、別称は 童子堂、宗旨 宗派は 真言宗 豊山派、ご本尊は 聖観世音菩薩、秩父札所三十四観音霊場 第二十二番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩 日本百観音 の一つ、平安時代に開山、当初は武蔵国 秩父郡 蒔田村(現・同市 蒔田)の山奥にあったが、延喜年間(901年 - 923年)子供の間に天然痘が流行した際に、蒔田村の山奥の華臺山から観世音を勧請し祈祷し湧き出る水を、患部に付けると治癒したということから、子供(童子)を守る観音様「童子堂観音」と呼ばれるようになった、その後、寺運衰微したが、江戸時代になると「栄福寺」が当堂を管理するようになった。1701年(元禄14年)に再建された童子堂は、現在地より約800メートル北に位置(北緯36度0分51.6秒 東経139度4分22秒)していたが、1910年(明治43年)に現在地の永福寺(栄福寺)の境内に移転した
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令和4年5月 / 秩父日帰り旅。
【札所二十一番 / 観音寺】から約1.4キロメートル【札所二十二番 / 童子堂】です。
【童子堂】と言えば【仁王像】のイメージが強くあります。
格子に草鞋があるのはお出掛け用でしょうか。
こっそり草鞋を履いてお出掛けをしていたら楽しいだろうなと思いつつ。
今晩、家に来ないかなー、遠いなーと勝手な事を考えながら仁王門を潜りました。
丁度、藤の花の季節。
観音堂手前の藤がきれいに咲いていました。
藤棚の高さは低いのですが、ちょっと下に入ったところ、
ハチの多さに緊張。
ささっと写真を撮って退散しました。
【童子堂】の由来を見ていたのですが、
子どもを病魔から救う観音様として
童子堂と呼ばれるようになったと言う説がありました。
童子堂の正面の唐戸には風神雷神・迦陵頻伽の浮彫りなど、
凝った彫刻がいくつも見られましたが、仁王門も含めかなりの劣化が見られました。
童子堂は正式には【永福寺】と言うそうです。
こちらは再建され、かなり綺麗になっています。
勝手かもしれませんが、良い形で観音堂・仁王門が保存されると良いなと思います。
次は【音楽寺】へ向かいます。
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