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きくすいじ|曹洞宗延命山

菊水寺
埼玉県 大野原駅

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秩父三十四観音霊場
第三十三番札所

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2026年04月01日(水)627投稿

埼玉県 秩父市 下吉田 に境内を構える、秩父札所名、延命山 菊水寺、正式名称は 大櫻山 長福寺、2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社 霊場を参拝してますが、ここ秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、正式名称 宗教法人名では、山号は 大櫻山、寺号は 長福寺、秩父札所名称では、山号は 延命山、寺号は 菊水寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 聖観世音菩薩、秩父札所三十四観音霊場 第三十三番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩 日本百観音 の一つ、
秩父札所 第33番 菊水寺は、現在の場所から600mほど離れた場所にあり、その管理を行っていたのが長福寺でした、戦国時代の永禄12年(1569年)、武田信玄の軍勢が秩父に侵攻した際、菊水寺は消失してしまいました。
その後、菊水寺は再建されず、巡礼者たちはいつしか長福寺を菊水寺と混同するようになり、長福寺も、菊水寺の火災から逃れた本尊を長福寺の本尊としてまつるようになったといいます。
菊水寺の縁起では、奈良時代、行基によって開山された。かつて近くの八人峠には 8人の盗賊が住み着き、追い剥ぎをしていた。そこに、とある僧侶(行基)が通りかかった。盗賊たちは身ぐるみ剥がそうとしたが、僧侶の法力で金縛りにかけられ、そして七転八倒の苦しみを味わった。盗賊たちは、遂にこの僧侶に詫びを入れる羽目となった。僧侶は、「このまま悪行を続けるならば確実に地獄に落ちる。地獄の苦しみは今回の苦しみどころではない。」と彼らの非を説き、近くの「菊水」という霊泉の場所を教え、自ら彫った観音菩薩像を与えて立ち去った。以降、彼らは改心し、観音像を草庵に納め、真っ当な生涯を送ったという。これが「菊水寺」の起源である。
1569年(永禄12年)、武田氏と後北条氏の戦いにより全焼した。そのため、別当だった近くの「長福庵」という草庵に観音像を移した。1592年(文禄元年)、長山賢道によって「長福庵」から「長福寺」という寺に整備拡充された。
当寺には「子返しの図」という絵図がある。「子返し」とは間引きのことで、新生児を絞め殺す母親の姿を描き、その残虐性を広く知らしめることで、胎児や新生児を保護しようとした。奉納者は間引きの廃絶を説いた井上如常である

菊水寺の御朱印

秩父札所三十四観音霊場 第三十三番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩 日本百観音 の一つ、

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歴史

参道の入口に大櫻山長福寺の石柱が立っている。石柱をよく見ると側面に「札所三十三番 延命山菊水寺」との文字がある。これは札所の菊水寺が永禄12年(1569年)武田信玄の秩父侵攻の際に焼失、本尊の聖観世音菩薩像は炎上する菊水寺から村人らが運びだし、長福寺に安置した。そして、文政3年(1820年)長福寺は本堂を建て直し、菊水寺の本尊を寺の本尊として祀るようになった。もともとの菊水寺は、現在地から南東方向に600メートルほど離れた場所にあった。
菊水寺跡境内には、寺名の由来となった福寿延命の「菊水」という霊泉(菊水の井)があったが、道路整備等で菊水の井戸はすでに所在がわからなくなっている。

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菊水寺の基本情報

名称菊水寺
読み方きくすいじ
通称長福寺
トイレ駐車場前
御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号0494-77-0233

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.chichibufudasho.com/313/1-31
お守りあり
絵馬あり

巡礼の詳細情報

詳細情報

ご本尊聖観世音菩薩
山号延命山
宗旨・宗派曹洞宗
文化財

菊水寺聖観音像(埼玉県指定有形文化財)
長福寺の芭蕉句碑(秩父市指定史跡)
秩父観音霊場札所三十三番(秩父市指定史跡)
「孝行和讃」「子がえし」の絵図(秩父市指定有形文化財)

ご由緒

参道の入口に大櫻山長福寺の石柱が立っている。石柱をよく見ると側面に「札所三十三番 延命山菊水寺」との文字がある。これは札所の菊水寺が永禄12年(1569年)武田信玄の秩父侵攻の際に焼失、本尊の聖観世音菩薩像は炎上する菊水寺から村人らが運びだし、長福寺に安置した。そして、文政3年(1820年)長福寺は本堂を建て直し、菊水寺の本尊を寺の本尊として祀るようになった。もともとの菊水寺は、現在地から南東方向に600メートルほど離れた場所にあった。
菊水寺跡境内には、寺名の由来となった福寿延命の「菊水」という霊泉(菊水の井)があったが、道路整備等で菊水の井戸はすでに所在がわからなくなっている。

ご利益
体験
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