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みつみねじんじゃ

三峯神社
埼玉県 三峰口駅

御朱印(4種類)

三峯神社では、「三峯神社」3種類と、奥宮で1種類の御朱印がいただけます。

三峯神社の御朱印

三峯神社の御朱印

300円 直書き
中央に三峯神社の印。右上には、「奥秩父三峰」の印に重ねて、標高1100mの山中にあるので「登拝」の文字があります。
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御朱印について御朱印
あり

三峯神社は山上に位置することから、右上には『登拝』の文字が書かれています。アヤメとオオカミが描かれ…

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

普通520円

三峯神社について

大人気!白の氣守


三峯神社では、氣守りというお守りが一番人気です。
普段は、赤・緑・青・ピンクの4色なのですが、1日だけは白の氣守りをいただけます。
手に入れるのも大変困難であり、希少価値もあるのですが、それ以上にご利益がすごいといわれ大変な人気ようです。

拝殿横に浮き上がる「龍」


拝殿横の石畳に浮かび上がる龍がいます。
この龍は元々はなかったのですが、ある辰年から急に浮かび上がるようになったそうです。
縁起物だとされており、待ち受けにすると良いことが起こるかも…

境内の温泉⁉︎浸かってお肌すべすべに


三峯神社ツアーのバスがあるほど、人気の三峯神社。
週末には東京始め関東から多くの参拝客が訪れます。
三峯神社の魅力は、全国でも珍しく、境内に温泉があることです。
「神の湯」は5分浸かればお肌がすべすべになるといわれ、
人気があります。(日帰り入浴可・600円)

絶大なご利益がある裏お札とは?


三峯神社には、表と裏の2種類のお札があるようです。
表のお札とは、普通に社務所でお受けできるお札のことで、
裏のお札というのは、社務所には置いていないお札のことです。
裏のお札には、
「お借りしたら寄り道せずに家に帰り、必ず一年以内にお返しに行く」
という決まりがあり、かなりのご利益があるとひそかに有名になりつつあります。

『神主さんの日常』の舞台


瀬上あきらのエッセイ漫画『神主さんの日常』は、三峯神社の神職「山中さん」や、埼玉県神社庁に実際に取材したものです。三峯ならではの山のお悩みも……。

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yasumi
yasumi
2026年04月09日(木)1101投稿

三峯神社参拝⛩️ 例大祭でした∑(゚Д゚)
標高1100mの山奥に鎮座されています関東一のパワースポットと言われる神社
呼ばれないとたどり着けないとか、お詣りしたら人生変わったとかよく聞きます。
山奥なので道路状況が良好になる春にお詣りして、御祈祷を受けて、御眷属拝借をお願いしています。
御眷属拝借は一年でお返しして、新たに拝借しないといけないので毎年お詣りしてます。

御眷属拝借
三峯神社の神様のお使い(神様の霊力を受け、神様と同じ働きをするとして仰がれる動物)はオオカミです。日本武尊の道案内をされ、その勇猛、忠実さから、当社の使い神に定められたと伝えられています。

またオオカミとは、三峯山の不思議な霊気を言うと古書にも見え、大口真神(親しみを込めてお犬様、ご神犬、御眷属様とも呼ばれる)は、あらゆるものを祓い清め、さまざまな災いを除くと言われます。

古くからこの御眷属様を御神札として1年間拝借し、地域の、或いは一家のご守護を祈る事が行われています。これを御眷属拝借と呼び、火難盗難除、諸難除の霊験あらたかです。

三峯神社まで秩父市から1時間ぐらい山道をダムを越えてからは道は狭いです。
山奥なのに東京ナンバーが多くて、ここは東京かと突っ込みたくなるほど
近隣県だけでなく遠方のナンバーも珍しくなく、今日も愛媛ナンバーを見たのでto_sunが来てるのかとかおもっちゃいました^_^

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三つ鳥居

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三峯神社の由緒は古く、当山大縁起によると日本武尊(やまとたけるのみこと)が伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)をお祀りしたのが始まりと伝わります。

景行天皇の命により東国平定に遣わされた尊は、甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中三峯山に登り、山川が清く美しい様子をご覧になり、国をお生みになられた二神をおしのびになって仮宮を建てお祀りし、この国が永遠に平和であることを祈られました。この時、尊を道案内したのが狼(山犬)であったとされ、神様の使いとして一緒にお祀りされています。

その後、景行天皇は日本武尊が平定した東国を巡幸された折に三峯山に登られ、三山高く美しく連らなることから「三峯の宮」の称号をたまわりました。

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歴史

当社の由緒は古く、景行天皇が、国を平和になさろうと、皇子日本武尊を東国に遣わされた折、尊は甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中当山に登られました。
尊は当地の山川が清く美しい様子をご覧になり、その昔伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)が我が国をお生みになられたことをおしのびになって、当山にお宮を造営し二神をお祀りになり、この国が永遠に平和であることを祈られました。これが当社の創まりであります。

その後、天皇は日本武尊が巡ぐられた東国を巡幸された時、上総国(千葉)で、当山が三山高く美しく連らなることをお聴き遊ばされて「三峯山」と名付けられ、お社には「三峯宮」の称号をたまわりました。

降って聖武天皇の時、国中に悪病が流行しました。天皇は諸国の神社に病気の平癒を祈られ、三峯宮には勅使として葛城連好久公が遺わされ「大明神」の神号を奉られました。
又、文武天皇の時、修験の祖役の小角(おづぬ)が伊豆から三峯山に往来して修行したと伝えられています。この頃から当山に修験道が始まったものと思われます。

天平17年(745)には、国司の奏上により月桂僧都が山主に任じらました。更に淳和天皇の時には、勅命により弘法大師が十一面観音の像を刻み、三峯宮の脇に本堂を建て、天下泰平・国家安穏を祈ってお宮の本地堂としました。

こうして徐々に佛教色を増し、神佛習合のお社となり、神前奉仕も僧侶によることが明治維新まで続きました。

三峯山の信仰が広まった鎌倉期には、畠山重忠・新田義興等が、又、徳川期には将軍家・紀州家の崇敬もあり、殊に紀州家の献上品は今も社宝となっています。又、新田開発にカを尽した関東郡代伊奈家の信仰は篤く、家臣の奉納した銅板絵馬は逸品といわれています。
東国武士を中心に篤い信仰をうけて隆盛を極めた当山も、後村上天皇の正平7年(1352)新田義興・義宗等が、足利氏を討つ兵を挙げ、戦い敗れて当山に身を潜めたことから、足利氏の怒りにふれて、社領を奪われ、山主も絶えて、衰えた時代が140年も続きました。

後柏原天皇の文亀二年(1503)にいたり、修験者月観道満は当山の荒廃を嘆き、実に27年という長い年月をかけて全国を行脚し、復興資金を募り社殿・堂宇の再建を果たしました。

後、天文2年(1533)山主は京に上り聖護院の宮に窺候し、当山の様子を奏上のところ、宮家より後奈良天皇に上奏され「大権現」の称号をたまわって、坊門第一の霊山となりました。以来、天台修験の関東総本山となり観音院高雲寺と称しました。

更に、観音院第七世の山主が京都花山院宮家の養子となり、以後当山の山主は、十万石の格式をもって遇れました。

現在、社紋として用いている「菖蒲菱(あやめびし)」は花山院宮家の紋であります。

やがて、享保5年(1720)日光法印という僧によって、今日の繁栄の基礎が出来ました。「お犬様」と呼ばれる御眷属(ごけんぞく)信仰が遠い地方まで広まったのもこの時代であります。

以来隆盛を極め信者も全国に広まり、三峯講を組織し三峯山の名は全国に知られました。その後明治の神佛分離により寺院を廃して、三峯神社と号し現在に至っています。

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三峯神社の情報

住所埼玉県秩父市三峰298−1
行き方

西武秩父駅から三峯神社行き急行バスで 約1時間30分
秩父鉄道に乗り換え終点の三峰口駅へ、そこから西武バスで三峯神社へ。

三峯神社の基本情報

名称三峯神社
読み方みつみねじんじゃ
参拝時間

9:00~16:00

トイレあり
御朱印あり

三峯神社は山上に位置することから、右上には『登拝』の文字が書かれています。アヤメとオオカミが描かれたアートな御朱印も書き置きでいただけます。

限定御朱印なし
御朱印帳に直書きなし
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号0494-55-0241

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.mitsuminejinja.or.jp/index.htm
お守りあり
絵馬あり
SNS

巡礼の詳細情報

詳細情報

ご祭神伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)
伊弉册尊 (いざなみのみこと)
創建時代111年(景行天皇41年)
本殿春日造
ご由緒

当社の由緒は古く、景行天皇が、国を平和になさろうと、皇子日本武尊を東国に遣わされた折、尊は甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中当山に登られました。
尊は当地の山川が清く美しい様子をご覧になり、その昔伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)が我が国をお生みになられたことをおしのびになって、当山にお宮を造営し二神をお祀りになり、この国が永遠に平和であることを祈られました。これが当社の創まりであります。

その後、天皇は日本武尊が巡ぐられた東国を巡幸された時、上総国(千葉)で、当山が三山高く美しく連らなることをお聴き遊ばされて「三峯山」と名付けられ、お社には「三峯宮」の称号をたまわりました。

降って聖武天皇の時、国中に悪病が流行しました。天皇は諸国の神社に病気の平癒を祈られ、三峯宮には勅使として葛城連好久公が遺わされ「大明神」の神号を奉られました。
又、文武天皇の時、修験の祖役の小角(おづぬ)が伊豆から三峯山に往来して修行したと伝えられています。この頃から当山に修験道が始まったものと思われます。

天平17年(745)には、国司の奏上により月桂僧都が山主に任じらました。更に淳和天皇の時には、勅命により弘法大師が十一面観音の像を刻み、三峯宮の脇に本堂を建て、天下泰平・国家安穏を祈ってお宮の本地堂としました。

こうして徐々に佛教色を増し、神佛習合のお社となり、神前奉仕も僧侶によることが明治維新まで続きました。

三峯山の信仰が広まった鎌倉期には、畠山重忠・新田義興等が、又、徳川期には将軍家・紀州家の崇敬もあり、殊に紀州家の献上品は今も社宝となっています。又、新田開発にカを尽した関東郡代伊奈家の信仰は篤く、家臣の奉納した銅板絵馬は逸品といわれています。
東国武士を中心に篤い信仰をうけて隆盛を極めた当山も、後村上天皇の正平7年(1352)新田義興・義宗等が、足利氏を討つ兵を挙げ、戦い敗れて当山に身を潜めたことから、足利氏の怒りにふれて、社領を奪われ、山主も絶えて、衰えた時代が140年も続きました。

後柏原天皇の文亀二年(1503)にいたり、修験者月観道満は当山の荒廃を嘆き、実に27年という長い年月をかけて全国を行脚し、復興資金を募り社殿・堂宇の再建を果たしました。

後、天文2年(1533)山主は京に上り聖護院の宮に窺候し、当山の様子を奏上のところ、宮家より後奈良天皇に上奏され「大権現」の称号をたまわって、坊門第一の霊山となりました。以来、天台修験の関東総本山となり観音院高雲寺と称しました。

更に、観音院第七世の山主が京都花山院宮家の養子となり、以後当山の山主は、十万石の格式をもって遇れました。

現在、社紋として用いている「菖蒲菱(あやめびし)」は花山院宮家の紋であります。

やがて、享保5年(1720)日光法印という僧によって、今日の繁栄の基礎が出来ました。「お犬様」と呼ばれる御眷属(ごけんぞく)信仰が遠い地方まで広まったのもこの時代であります。

以来隆盛を極め信者も全国に広まり、三峯講を組織し三峯山の名は全国に知られました。その後明治の神佛分離により寺院を廃して、三峯神社と号し現在に至っています。

ご利益
体験
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