せふくじ|天台宗|槇尾山
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楽しみ方施福寺のお参りの記録一覧
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すれ違い困難な道を進み到着。
予備知識のなかった私は入山料を支払いながら。どれくらいで着きますか?
2.30分かな。頑張ってくださいね!と返されたので、杖を確保。ダラダラ坂を登る。
仁王門潜ってもまた序の口。
これはきつかった。
石段の連続、汗が吹き出します。たまたま持ってたペットボトルとタオルは正解。
しかし休みも取らず一気登りで制覇。
やれやれでした、
納経済ませて、本堂内に参拝。
文殊様がいらっしゃいました。最近縁が多く特に気になります。
左手の奥にいらっしゃいます、観音様もお綺麗です。しっかり手を合わさせていただきました。
帰り道はやや後ろに中型犬を連れたご夫婦がいたのですが、登りの方とすれ違うたびにかわいいですね、名前は何?キャー、
振り返りませんが、触ろうとする前によだれをつけられたのだろう、すみません、よごれてしまって。いえいえ大丈夫です。
とにぎやかな山中でした。
入山料の姉さんに
きつかったわーと報告すると。
33ヶ寺で一番きつい参道との事。
もしまた回る機会があれば1番最初に来なあかんなと確信した。
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西国三十三カ所第四番札所
ついに!とうとう!やっとお参りできました!
仏様にご縁をいただいて西国巡礼を始めたのが2004年の9月。京都の六角堂でした。
えっと…20年前ですね💦
(あん時はまだ若さが残ってたナ)
そこから毎月はるばる通って、2007年にコチラを残してストップしてしまいました。左膝を複雑骨折してまともに歩けなくなってしまったンです😖
やっとキズも癒えたものの、西国最大の難所・施福寺さんに果たして登ることがデキルノダロウカ…と悩んでおりました😓
そろそろ高齢者だしな〜
もう最後のチャレンジだよな〜
どーする?Goする?
いつ、行く?
今っきゃないでしょ❣️
皆さんの投稿や写真とにらめっこしながら、ひそかに筋トレしてようやくこの冬、決心がついたのでした。

はやる気持ちを抑えつつ、いざ!施福寺へ

意気込んでワシワシ歩き始めたら、お土産物屋のおじちゃんに「ここいらからそんなに、はよ歩いたらあかんで〜〜。山門くぐったらペースあげや☝️」と注意されました。
そうか。ソウナノカ😅
正直ねー、山門に着くまでのアスファルトの坂道が1番キツかった💦

大阪府泉北・南河内の寺院巡りの2寺目は、1寺目の高石市の南に隣接する和泉市に在る槇尾山 施福寺です。
天台宗で、本尊は弥勒如来。
札所本尊は十一面千手観音。
西国三十三所観音霊場 第4番札所。
今年の2月に参拝しておりますので10ヶ月振り。(投稿済みですので宜しかったら見てやって下さい。)
縁起・歴史は割愛します。
大阪の天気は曇天で、こちらへ向かう道中では雨が降ったり止んだり。山に近付くにつれて低くて黒い雲が覆い被さっています。雨降りならば諦める所でしたが、駐車場に着く頃には幸い雨は上がりました。
30分近く上がらないといけないので厚着はやめて、今回はストック持参。
車止めを過ぎて少し行くと入山受付、入山料(500円)を納めてと。昨年までは入山料は無かったので途中で止めてもどうって事はなかったのですが(駐車場も無料ですし)、入山料を納めたからには途中で引き返す訳にはいかなくなりました。
参道は、12月も中旬なので色付いたモミジが落葉して葉っぱの絨毯が敷かれている様相です。
気温は5℃位だと思いますが、汗が少し滲む程度で汗かきの私には丁度いいかな。それでも車止めから本堂前まで25分掛かりましたけど。
(汗かきなので暑い時期だと汗でパンツまで濡れてしまうから。)
本堂下陣で手を合わせてから横の納経所で御朱印を頂きました。今回は内陣内拝はパス。
境内から見える山は上の方が白くなっていました。
もう半月位早く参拝していたら紅葉が綺麗だったかと思います。次回は紅葉の時期に参拝したいですね。

山登りを志したこともなく、休日は車に乗ってウロチョロしてるか家でゴロゴロしている…そんなオッサンの目を覚まさせて頂いたのが施福寺様です。
前回お参りさせて頂いた時も登りきりはしましたが、心を折られそうになりました(^^;)
お参り活動を始めて8ヶ月…
遭難しそうになった回数…2回
滑落しそうになった回数…数限りなし
少しは経験を積みました…
再チャレンジです!!
思ってたより体が動いてくれます(´▽`)
淑女から「兄ちゃん 大丈夫け?」と言われ並ぶ間もなく抜き去られることもなく登りきりました!!
これで諸先輩方が「西国最難関」と言われる上醍醐にチャレンジする勇気が湧きました(^-^)
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バスツアーで西国巡りをしました🚎
「西国三十三所」第4番札所です。
西国三十三所 難所と言われています。
槇尾山(標高600m)の山腹に位置しています。
槇尾山寺と呼ばれた山岳寺院で、葛城修験系の寺院として創建されました。
欽明天皇の時代(539年 - 571年)に播磨国加古郡の行満上人が創建したものです。
南北朝時代には南朝方の拠点の一つとなり、戦火に巻き込まれることが多く、寺は衰亡しました。
1581年には織田信長と対立したことが原因で一山焼き払われましたが、豊臣秀頼の援助により1603年に仁王門を始めとする伽藍が復興されました。
近世には徳川家の援助で栄え、その関係で寛永年間(1624年 - 1645年)頃に真言宗から天台宗に改宗し、江戸の寛永寺の末寺となりました。
江戸時代末期の1845年の山火事で仁王門を除く伽藍を焼失しましたが、現在の本堂等はその後に再建されたものです。
急登、階段の連続で登山でした⛰
かなりきつかった💦💦

今回は河内長野、和泉に出かけました。
ネットでたまたま見つけた施福寺。HPがなくて、よく調べないままに出発。現地のお土産屋さんで「石段1000段ですからゆっくり登ってください」と言われて愕然!短パンにTシャツ!周りの皆さんは登山の装い。やらかした~。
引き返すこともできず無理ならすぐに戻ろうと決めて、ゆっくり登山開始。途中、一度休憩をいれ、なんとか喘ぎながら登れました。その後、お寺さんでしばらく休んだら復活できました。
ただ、1000段は往復かな?という感じです。
たまたま御開帳中で弥勒如来様を拝観できました。これはラッキーでした。頑張った甲斐があった。
なんせ運動せなあかん。
だいぶエネルギー使ったけど、さて次へ。
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お隣なのに行けていなかった大阪 ようやくお参りできました。西国三十三所巡りです。
梅雨ですが晴れ日。とても暑かったです。
山寺だということは聞いていましたが こんな山奥にあったとは知りませんでした。
緑が多い茂った山道に滝もある川。鎖場もあればきつい石段もある。
途中からご一緒した方と 「こんなはずでは・・・」 と 息が上がります。
上醍醐に比べればずいぶん楽ですが 途中で熱中症を気にして休んでおられる方が大勢。
道にはベンチや椅子もあったのですが どれも満席状態。まいりました。
それでもようやく本堂のお参りとなりました。
仏像の多いこと多いこと。こんな山奥にどうやって運び込んだのでしょうか。ここで作った?
写真撮影OKということで どなた様もパシャパシャ。
立体曼荼羅という 壁に仏像が並ぶところがあるのですが こういうのは初めて見ました。
看板に偽りなく 仏様をたくさん拝観できました。
駐車場~本堂~駐車場まで ゆっくり歩いて120分ぐらいでした。
まあすばらしいお寺でした。
でも真夏のお参りはおススメしません。
山号は槇尾山 宗旨は天台宗 ご本尊は弥勒如来 創建年は伝・欽明天皇時代(539年 - 571年) 開山は伝・行満です。
由来については
古くは槇尾山寺と呼ばれた山岳寺院で 葛城修験系の寺院として創建されたものとみられる。
南北朝時代成立の寺史である『槇尾山大縁起』(正平15年・1360年書写)によると 施福寺は欽明天皇の時代(539年 - 571年)に播磨国加古郡の行満上人が創建したものであるという。
縁起にはいろいろな伝承があるが 施福寺は度重なる火災で古記録が失われており 史実か否か不明である。
本堂は弘化2年(1845年)の焼失後 安政年間(1854年 - 1860年)に再建されたものである。
本尊は 弥勒如来坐像 右脇侍に十一面千手観音立像 左脇侍に文殊菩薩立像を安置し このうち十一面千手観音が西国三十三所の札所本尊となっている。
西国札所巡礼の中興者とされる花山法皇を馬が道案内をしたと伝えられており 本尊と背中合わせの後堂(本尊の裏側)には馬頭観音坐像が安置されている。
また 方違大観音坐像 元三大師坐像 伝教大師坐像 涅槃釈迦如来像など多数所蔵。
とありました。
大阪府のおすすめ3選🎌
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