やちゅうじ|高野山真言宗|青龍山
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方野中寺のお参りの記録一覧
絞り込み

《聖徳太子ご霊跡巡り その5》
「中の太子」野中寺(やちゅうじ)です。
聖徳太子建立三太子の一つで、「上の太子」叡福寺、「下の太子」大聖勝軍寺に対して「中の太子」と呼ばれます。
聖徳太子建立の48寺院の一つとされ、蘇我馬子が開基とされています。境内には当時の伽藍の姿を偲ばせる礎石が遺されており、創建当時の塔堂は南北朝時代の兵火で失われてしまったそうです。
その6へ
https://hotokami.jp/area/osaka/Hmatz/Hmatztk/Dmpgz/9655/170951/
その4へ
https://hotokami.jp/area/osaka/Hmatz/Hmatztk/Dzgkr/9045/166912/

大阪寺院巡りの3寺目は羽曳野市に在る青龍山 野中寺(やちゅうじ)です。羽曳野市は、先の河内長野市から4寺目が在る交野市へ行く道中であり、毎月18日に開帳があるため参拝しました。
高野山真言宗で、本尊は薬師如来。
開帳されるのは、重文指定の金銅弥勒菩薩半跏像と同じく重文指定の地蔵菩薩です。
伝えによると、聖徳太子の命により蘇我馬子が創ったとされ、河内三太子の1つ「中の太子」と呼ばれています。(上の太子は叡福寺、下の太子は大聖勝軍寺)しかし発掘調査から7世紀半ば~8世紀頃には大規模な伽藍が存在しており、渡来系の船氏の氏寺として創建されたという説もあります。(境内には法隆寺式伽藍配置を示す礎石があり、野中寺旧伽藍跡として国の史跡に指定)創建時の堂塔は南北朝時代の兵火により焼失、江戸時代に律宗の道場として再建され勧学院が設けられ栄えたが、明治時代に現在の高野山真言宗に改宗しました。
山門の左側(西側)に駐車場がありますが、境内の中に停めるよう案内があり、境内の中に停めました。(開帳日のため駐車場が満車になるのを避けるためかと。)
右側に金堂跡、左側に塔跡、正面に本堂、本堂で手を合わせてから右手奥の寺務所で拝観手続きを済ませ、庭に入って方丈に置かれた重文の金銅弥勒菩薩半跏像と対面です。30cm足らずの可愛らしい仏像で、台座に彫られた銘文から666年の作と考えられ(識者により色々な説がある)、白鳳時代らしい造形です。
それから庭の周りを歩くと地蔵堂で、横の入口から地蔵堂内に入って重文の地蔵菩薩を拝観します。平安後期~鎌倉時代の作で、まさにクールビューティー。金網越しなのがちょっと残念。
駐車場は府道31号沿いにあり、東から行くと入り辛いので西からがお勧めです。


聖徳太子によって建立。別名「中の太子」とも呼ばれ、叡福寺の「上の太子」、大聖勝軍寺の「下の太子」とならぶ「河内三太子」のひとつ。
今回は西国四十九薬師霊場巡りで参拝。
毎月18日だけに開帳される弥勒菩薩像(重要文化財)が拝観できるとのことで、もう少し下調べすれば良かったぁ😣
また、毎月18日には、葛井寺では開帳日、辛國神社でもイベントがあるとのことなので、次回来る時は18日に合わせて行きたい。
また、本尊の薬師如来像は秘像のため公開されていないとのこと。
境内は他に塔跡や金堂跡、ヒチンジョ池西古墳石棺などが見れます。また、墓地にはお染・久松(浄瑠璃のお話のモデルの人物)のお墓もあります。
もっと読む
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ






































