えいふくじ|太子宗|磯長山
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620年聖徳太子がこの地を自らの墓所とし定め、622年太子が没すると御廟が造られた。
御廟は円墳で、聖徳太子磯長墓(しながのはか)と称し太子とともに母の穴穂部間人(あなほべのはしひと)、妃の膳部大郎女(かしわべのおおいらつめ)の三人が埋葬され「三骨一廟」と呼ばれる。
622年推古天皇の勅命により、太子の霊廟を守る香華所として建てられた堂(香華寺)が起源と伝わる。
724年聖武天皇の勅願により七堂伽藍が整備される。
1574年織田信長による焼き討ちにあったが、慶長年間(1596年~1615年)後陽成天皇の勅願により伽藍が再興された。
重文指定されている聖霊殿は、この時1603年豊臣秀頼による再建である。
1652年建築の多宝塔も重文指定されている。
金堂は1732年、鐘楼は1688年(丹南藩主・高木主水正の寄進)、浄土堂は1597年(伊藤加賀守秀盛の再建)、見真大師堂は1912年、客殿は天正年間(1573年~1592年・落城した高屋城の古材を用いて建築)、御霊屋は1844年の建立である。


磯長山(しながさん)叡福寺(えいふくじ)にご参拝させていただきました☺️
•聖徳太子御廟 磯長廟(しながびょう)
聖徳太子さまと妃 膳部大郎女(かしわべのおおいらつめ)さまと母 穴穂部間人( あなほのべのはしひと)さまの埋葬された円形古墳で太子信仰の霊場。
•その古墳の背景の磯長山(しながさん)の 山頂「五字ヶ峰」にある「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」。
五色の光が発しているのを聖徳太子さまが見た場所として有名。
•同じ境内の科長岡神社⛩️にご参拝させていただき、畏かしこみ 畏かしこみ身滌大祓(みそぎのおおはらい)をご奏上させていただきました。
神さまに届きましたでしょうか。
磯長山(しながさん)の 包み込んでくれるような温かで静かな雰囲気や緑の風景が大好きです。
精進して、またご参拝させていただけますように☺️
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