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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※叡福寺ではいただけません

えいふくじ|太子宗磯長山

叡福寺

大阪府 上ノ太子駅

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0721-98-0019

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御朱印について
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巡礼

神仏霊場巡拝の道
新西国三十三箇所霊場客番札所/仏塔古寺十八尊第2番札所/河内西国霊場第21番札所/聖徳太子遺跡霊場第6番札所/西山国師霊場第15番札所/河内飛鳥古社寺霊場第15番札所/神仏霊場巡拝の道大阪16番札所

叡福寺について

聖徳太子のお墓


聖徳太子の墓といわれる"磯長墓"、"叡福寺北古墳"がある。

おすすめの投稿

ますみん
2022年03月19日(土)
778投稿

(西山国師十六遺跡15番)
(新西国三十三観音客番)
(仏塔古寺十八尊2番)
(聖徳太子霊跡6番)
(神仏霊場巡拝の道 大阪16番)
(河内西国観音21番)
(河内飛鳥古寺15番)

すごく行きたかったところです。
聖徳太子のほか、母・穴穂部間人皇后、そして妃の膳部大郎女が葬られている陵墓(三骨一廟)があり、それを守るために、推古天皇が建立して724年に聖武天皇が大伽藍を整備したと伝えられています。「上の太子」とも呼ばれ、太子信仰が盛んだった平安時代に、野中寺の「中の太子」
https://hotokami.jp/area/osaka/Hmatz/Hmatztk/Dzasa/9047/183857/、大聖勝軍寺の「下の太子」https://hotokami.jp/area/osaka/Hmata/Hmatats/Dktktt/8488/158626/とともに、「河内三太子」として多くの人々の巡礼を受けました。
戦国時代末期には織田信長の焼き討ちにより寺は全焼しましたが、1603年、豊臣秀頼が「聖霊殿」を再建しました。以降は「多宝塔」なども順次再建され、現在に至っています。
叡福寺は聖徳太子ゆかりの寺として、歴代の天皇や権力者が参拝しており、また日本仏教の開祖として賛仰されて空海・良忍・親鸞・日蓮・一遍など新仏教の開祖となった僧たちが、墓所があるこの寺に参籠したことが知られています。

境内は、御廟に向かう斜面に伽藍が整備されていて、澄んだ空気がいっぱいです。
聖徳太子と言えば、一万円札(古い?)や教科書の中の人物だったのが、こうして御廟の前に立つと
本当にいらっしゃった人なんだと、改めて思うのでした。
とてもいいお参りでした。

叡福寺の御朱印

御朱印(聖徳太子霊跡6番)

叡福寺の御朱印

御朱印(新西国三十三観音客番)

叡福寺の御朱印

御朱印(河内西国観音21番)

叡福寺の御朱印

御朱印(神仏霊場巡拝の道 大阪16番)

叡福寺の御朱印

御朱印(河内飛鳥古寺15番)

叡福寺の御朱印

御朱印(仏塔古寺十八尊2番)

叡福寺の御朱印

御朱印(西山国師十六遺跡15番)

叡福寺の御朱印

御朱印(聖徳太子1400年限定)

叡福寺の建物その他

聖霊殿

叡福寺(大阪府)

金剛力士像(阿形)

叡福寺の像

金剛力士像(吽形)

叡福寺(大阪府)

多宝塔

叡福寺の建物その他

金堂

叡福寺の山門

二天門

叡福寺の像

持国天像

叡福寺(大阪府)

増長天像

叡福寺(大阪府)

磯長御廟(聖徳太子御廟)

叡福寺(大阪府)

上の御堂

叡福寺の塔

石塔

叡福寺の塔

五字ヶ峯 宝篋印塔

叡福寺の建物その他

浄土堂

叡福寺の建物その他

鐘楼

叡福寺の末社

科長岡神社

叡福寺の建物その他

見真堂

叡福寺の建物その他

経蔵

叡福寺の建物その他

弘法大師堂

叡福寺の建物その他

念仏堂

叡福寺の手水

手水

叡福寺の建物その他

境内より御廟方面

叡福寺(大阪府)

塔頭 聖光明院

叡福寺(大阪府)

隔夜堂

叡福寺の建物その他

境内図

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叡福寺の基本情報

住所大阪府南河内郡太子町太子2146
行き方
アクセスを詳しく見る
名称叡福寺
読み方えいふくじ
参拝時間

7:30〜17:00

参拝料

宝蔵拝観:大人200円、小学生100円

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0721-98-0019
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://eifukuji-taishi.jp
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詳細情報

ご本尊聖如意輪観世音菩薩
山号磯長山
宗旨・宗派太子宗
創建時代神亀元年(724年)
開山・開基聖武天皇
札所など

新西国三十三箇所霊場客番札所/仏塔古寺十八尊第2番札所/河内西国霊場第21番札所/聖徳太子遺跡霊場第6番札所/西山国師霊場第15番札所/河内飛鳥古社寺霊場第15番札所/神仏霊場巡拝の道大阪16番札所

文化財

金堂、聖霊殿、宝塔、高屋連枚人墓誌(重要文化財)
源頼朝供養塔(府文化財)

体験博物館国宝祭り有名人のお墓札所・七福神巡り

Wikipediaからの引用

概要
叡福寺(えいふくじ)は、大阪府南河内郡太子町太子にある太子宗の本山の寺院。山号は磯長山(しながさん)。本尊は如意輪観音。新西国三十三箇所客番札所。聖徳太子の墓所とされる叡福寺北古墳(磯長墓〈しながのはか〉)があることで知られる。開基は聖徳太子または推古天皇とも、聖武天皇ともいわれる。聖徳太子建立三太子の一つで、野中寺(羽曳野市)の「中の太子」、大聖勝軍寺(八尾市)の「下の太子」に対して、「上の太子」と呼ばれている。また、大阪みどりの百選に選定されている。
歴史
歴史[編集] この寺にある叡福寺北古墳(磯長墓)には、聖徳太子、太子の母・穴穂部間人皇女、太子の妃・膳部菩岐々美郎女が埋葬されているとされ、「三骨一廟」と呼ばれる[1][2]。叡福寺の所在する磯長(しなが)は蘇我氏ゆかりの地であり、聖徳太子の父(用明天皇)と母はともに蘇我氏の血を引いているが、この古墳の被葬者を聖徳太子とすることについては異説もある。なお、叡福寺近辺には敏達天皇、用明天皇、推古天皇、孝徳天皇の陵もある。 寺伝によれば、聖徳太子は生前、推古天皇28年(620年)にこの地を墓所と定めたという。推古天皇29年(621年)、穴穂部間人皇女が没するとここに葬られる。翌年の推古天皇3...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通アクセス[編集] 近鉄長野線 喜志駅または近鉄南大阪線 上ノ太子駅から、金剛バス太子線・喜志循環線「太子前」バス停下車徒歩約3分。
引用元情報叡福寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%8F%A1%E7%A6%8F%E5%AF%BA&oldid=91585925

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