てんしょうじ(たこじぞう)|浄土宗|護持山
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今回の岸和田巡拝で絶対に行きたかった天性寺様へ
向かいました。
天性寺様は浄土宗のお寺様です。
なぜ行きたかったのかと言うと天性寺様の
創建に纏わる「蛸地蔵」のエピソードを
読んだからです。
まずは南北朝時代に巨大な津波が岸和田の浜へ
襲いかかろうとしていた時に 海中より白法師が
無数の蛸を引き連れて現れ津波を鎮めます。
その後 海中よりお地蔵さんが発見されます。
人々はこのお地蔵さんを大切にお祀りしたのですが
戦乱の世になり戦を避ける為にお地蔵さんを堀ヘ
沈めて隠します。
1584年に豊臣秀吉の紀州征伐に対して強力な
根来・雜賀の鉄砲衆が中村一氏が少数の兵で守る
岸和田城を包囲総攻撃を仕掛けます。
落城寸前というところで大蛸に乗った一人の
白法師が数千の蛸を引き連れ現れます。
蛸達は散々に敵を打ちのめし ついには撤退にまで
追い込みました。
この戦の後に中村一氏の夢に白法師が現れ
「自分はかつて海より現れた地蔵菩薩である」
と告げます。一氏は慌てて堀を調べると無数の
刀傷や銃創だらけのお地蔵さんか見つかりました。
秀政はこのお地蔵さんをお祀りするべくお堂を
建てました。
これが天性寺様の始まりとされています。
こういう話はワタクシ大好物です(´▽`)
日本最大の地蔵堂は思わず感嘆の声が出てしまう
ほどでした。
山門を潜り左の庫裡のインターホンを鳴らし
御朱印をお願いさせていただきました。
待つ間にお茶を出していただいたり心温まる対応を
していただきました。
人との繋がりを大切にされる「岸和田」を感じる
参拝になりました。

まだまだ行きますlol 岸和田の中心へ…
卍 岸和田市 蛸地蔵 "天性寺"
そかいみちから裏路地に入ったトコにあるんだけどかなり道が狭い… 山門を潜ると左側に駐めれるスペース有り。手前の参道は地元の方達の駐車場なのでNG。最寄駅は蛸地蔵駅、徒歩10分。岸和田駅だと20分らしー。
こちらは駅名にもなっている蛸地蔵の伝説があって戦国時代に岸和田城が落ちそうになった時に1人の法師と数千の蛸が現れ危機を救ったとか。
いきなりの訪問だったにも関わらず暖かく向かい入れ頂き、その上、お茶までご馳走様になってしまいましたlol
そして御詠歌も書かれた独特で素敵な御朱印を頂けました。ご親切にして頂きありがとうございました。
もっと読む歴史
創建は元亀元年(1570年)と言われているが、天保年間の火災で、記録をすべて失ってしまい詳細は不明。しかし、『増上寺史料集』第五巻所収『浄土宗寺院史』「泉州寺院開山帳 岸和田組」には、寛永2年(1625年)に得譽上人が建立し、以後、寛文13年(1673年)までの48年間、住職をつとめたとしている。『天性寺聖地蔵尊縁起』によると、建武年間、岸和田城に高波が襲いかかった時、海の彼方より大蛸に乗った法師が海岸まで近付き波風を鎮められ城は救われたという。
天正12年(1584年)、羽柴秀吉(豊臣秀吉)が尾張へ向けて大坂城を出発(小牧・長久手の戦い)。その隙を突いて、紀州征伐で敵対する根来衆・雑賀衆といった紀州の一向一揆の軍勢が、秀吉配下の中村一氏が寡兵で守る岸和田城へ攻め込み、大乱戦となった。数で圧倒する紀州勢の勢いが物凄く城が危うくなった時、蛸に乗った一人の法師が現れて、次々と紀州勢を薙ぎ倒した。しかし、紀州勢が盛り返して、蛸法師を取り囲もうとした時、海辺より轟音をたてて幾千幾万の蛸の大群が現れ、紀州勢を殺害することなく退却させた。一氏は喜び、その法師を探したが、結局分からなかった。ある夜、法師が一氏の夢枕に立ち、自分は地蔵菩薩の化身であると告げたので、その昔戦乱から守るため、堀に埋め隠し入れた地蔵菩薩像を出して祀ったという。
その後、一般の人もその利益(りやく)が受けられるように日本一大きいとされる地蔵堂に移され、現在に至っている。
天性寺(蛸地蔵)の情報
| 住所 | 大阪府岸和田市南町43-12 |
|---|---|
| 行き方 | 南海本線 蛸地蔵駅より北西へ約500m |
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天性寺(蛸地蔵)の基本情報
| 名称 | 天性寺(蛸地蔵) |
|---|---|
| 読み方 | てんしょうじ(たこじぞう) |
| 通称 | 蛸地蔵 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 072-422-0773 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| 絵馬 | あり |
詳細情報
| ご本尊 | 阿弥陀如来 地蔵菩薩 |
|---|---|
| 山号 | 護持山 |
| 院号 | 朝光院 |
| 宗旨・宗派 | 浄土宗 |
| 創建時代 | 1570年(元亀元年) |
| ご由緒 | 創建は元亀元年(1570年)と言われているが、天保年間の火災で、記録をすべて失ってしまい詳細は不明。しかし、『増上寺史料集』第五巻所収『浄土宗寺院史』「泉州寺院開山帳 岸和田組」には、寛永2年(1625年)に得譽上人が建立し、以後、寛文13年(1673年)までの48年間、住職をつとめたとしている。『天性寺聖地蔵尊縁起』によると、建武年間、岸和田城に高波が襲いかかった時、海の彼方より大蛸に乗った法師が海岸まで近付き波風を鎮められ城は救われたという。
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