妙法蓮華経
観世音菩薩普門品第25より
【澍甘露法雨(6) 滅徐煩悩焔(7)】
「甘露の法雨を澍ぎて、煩悩の焔を滅徐す」
本来なら、一続きの言葉でありますが、雨と焔を表現したく、2つに分割させて頂きましたことをご理解くださいませ。
さて、このお経の言葉は、一般的に『観音経』と呼ばれて親しまれているお経の一節です。
日蓮宗のみならず、真言宗や禅宗でもご拝読されている、とっても有名なお経です。
観世音菩薩の名前を呼ぶことで得られる、数々のご利益が列挙されているのですが、
これをどう受け止めるか?
というのが、大きなポイントだと思っています。
いくつかそのご利益を書き連ねます。
・大火の中に落ちても、大火から解放される
・川に流されても、浅瀬を作り与えられる
・死刑の判決を受けても、死刑執行人の剣は粉砕する
・男の子の誕生を願う女性には端正な男の子を、女の子の誕生を願う女性には端正な女の子が生まれる
観世音菩薩の名前を呼ぶだけで、俄に信じがたいご利益です。
そんな偉大なる『観世音菩薩』を大空に浮かぶ【雲】に、『甘露の法雨』というのは【仏の教え】(観音様の慈悲)に、『煩悩の焔』は【人々の苦悩】に喩えられ、甘露の法雨によって煩悩の焔を滅徐する。
すなわち
【澍甘露法雨 滅徐煩悩焔】
この観音経、普通に読むと、
「観音様のすごーいお力で、私たちを助けて下さい‼️」
と、なるのですが、そうなると法華経らしくない気がしてしまうのです。
法華経は、私たち1人1人が菩薩を目指すお経ですから、捉え方としては、
「観音様のような慈悲深い菩薩をお手本とし、私たちも精進して菩薩道に励もう」
こちらの方がしっくりきます。
受動的な姿勢で読み取るか?
能動的な姿勢で読み取るか?
法華経の説かれている内容を考えると、能動的な姿勢が良いのかなと思います。
法華経には、観音様だけでなく様々な菩薩様が登場しますが、それらの菩薩様に救いを求めるというより、見習うべき師匠としてそのあり方を学び、三毒(貪・瞋・痴(代表的な煩悩))を滅徐し、福禄寿を得、菩薩道の成就へ。
煩悩の焔に苦しめられることなく、法雨の恵みを与うる人へと成長出来ますように。
そんなメッセージを込めて🙏
菩薩・・・自分だけが救われることを考えるのではなく、他者が救われることを願い行動する人。Episode3『慈悲喜捨』を備える人。
福・・・菩薩道成就へと誘う良き人間関係
禄・・・貪らずに与える事で自ずと得られる貫禄
寿・・・心も体も健康な命
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