なかじまそうしゃ
中島惣社大阪府 崇禅寺駅
24時間参拝可能
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楽しみ方
大阪市北部巡り、次は崇禅寺の中島惣社。
多くの神が相祀されており、由緒書きによると拝殿で12柱、若宮社にも10柱あります。すごい数。どんなお願いも受け入れてもらえそうです。
境内はゆっくりしていて、静かでした。
駐車場は広いです。
御朱印
実はこの手前に大きな石鳥居があるんですが、写真忘れました。
拝殿。
若宮社。
大将軍社。
孝徳天皇御代の白雉2年(651年)都を難波長柄豊崎宮に遷都した際に、創建された。
『摂津名所図会』によると、「稲荷祠 北中嶋惣社也。此辺六ヶ村産土神とす。天満宮社家寺井紳主兼帯所」とあり、もとは稲荷神社と称していた神社である。
豊臣秀頼の崇敬が厚く、「中嶋総社」の四字を記した絹地一通が寄進されていた。
ところが、慶長19年(1614年)の大坂冬の陣の兵火によって社殿が焼失してしまい、残ったものはわずかに絵図と建武2年(1335年)の木額だけだった。
1872年(明治5年) 郷社になる。
1896年(明治29年) 稲荷神社から現在の社名に改められた。
1907年(明治40年) 神饌幣帛料供進社に指定される。
1908年(明治41年) 以下の11社を合祀する。
・北方の天満宮
・北中島の春日神社
・南宮原の春日神社
・西宇城の皇大神社
・南方宮西の村社稲荷神社
・北中島の天満宮
・柴島の八幡天神宮
・薬師堂の八幡天神宮
・南方新家の稲荷神社
・淡路の天満宮
・宇引江の宮の須賀神社
(ちなみに、須賀神社は建武年間(1334年 - 1336年)に有名であった刀鍛冶国次の勧請で創建されたものである。)
1909年(明治42年) 境内末社大将軍社に以下の2社を合祀する。
・淡路東寺の神明社
・字浦の大将軍社
1909年(明治42年) 須賀の森公園の場所にあった須賀神社を境内に合祀した。
1945年(昭和20年) 6月7日の第3回大阪大空襲によって全焼した。それまで、神楽殿・絵馬殿など多くの社殿があったが焼失している。
現在の社殿は1987年(昭和62年)に再建されたものである。
創建から1300年以上の時を経ている古社であり、大将軍社や若宮社を含めると総勢32柱の神々が鎮座している神社である。
| 住所 | 大阪府大阪市東淀川区東中島4丁目9-41 |
|---|---|
| 行き方 | 新大阪駅より徒歩約10分
|
| 名称 | 中島惣社 |
|---|---|
| 読み方 | なかじまそうしゃ |
| 参拝時間 | 24時間参拝可能 |
| 参拝にかかる時間 | 約10分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | 本殿手前にある駐車場の右側 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
| 電話番号 | 06-6322-9929 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ご祭神 | 【本殿】 宇賀御魂神・受保大神・大市比賣神 (主祭神の三柱) 【相殿】 菅原道真公・天児屋根神・経津主神・武甕槌神・姫大神 天照皇大神・事代主神・応神天皇・速素盞鳴神・大名牟遅神 少彦名神・猿田彦神 |
|---|---|
| 創建時代 | 651年(白雉2年) |
| 本殿 | 切妻造 |
| ご由緒 | 孝徳天皇御代の白雉2年(651年)都を難波長柄豊崎宮に遷都した際に、創建された。
1872年(明治5年) 郷社になる。
現在の社殿は1987年(昭和62年)に再建されたものである。
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| 体験 | 七五三御朱印お守り |
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