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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※安倍晴明神社ではいただけません

あべせいめいじんじゃ

安倍晴明神社

大阪府 東天下茶屋駅

授与所は午前11時から午後4時まで。
上記以外の時間は、阿倍王子神社にて午前9時から午後5時まで対応してもらえます。

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06-6622-2565

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり

二重線で描かれた五芒星と神社印の上に「安倍晴明神社」の墨書きが書かれている、シンプルなデザインの御朱印です。

限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
なし

なし

安倍晴明神社について

安倍晴明誕生の地とされる神社


おすすめの投稿

garu
2017年08月08日(火)
614投稿

傍にある阿倍王子神社管轄の小社です。
謎多き、平安時代に活躍した安倍晴明誕生の地として、大阪説に基づいて建てられた神社だそうです。

鳥居抜けたら3分で本殿と言った感じの神社ですが、中に植わっている木々は古く、保存樹に指定されていますのでなんだかシーンとしています。

鳥居横には「奏名稲荷」があり、この奏名という名前は「保名」から来ており、清明の父親とされる安倍保名から来ています。江戸時代から存在しており、両脇にはお稲荷さんの像が祭られています。

娘を連れて行ったのですが上から小さな枯れ枝がポーンと娘の頭に(苦笑)
「あれ? 怒られてるのかな?」というものですから、
「それは天狗のつぶて。怒られてるのじゃなくからかわれているから喜んでいるんよ」と説明しました(笑)

余談です。
安部保名の2メーター越えのお迎え人形が大阪の料亭「花外楼」に残っています。
お迎え人形とは江戸時代、天神祭りの船渡行に使われる船の先端に乗せた大きな人形の事です。
この人形には逸話がありまして、数ある人形の中でもその美しい容姿が評判となり、江戸時代後期には、天満青果物市場の銭屋孫兵衛の娘「おさわ」が、この人形の妖艶な容姿に恋焦がれて、病に臥したという伝承も生まれました。

安倍晴明神社の鳥居安倍晴明神社の本殿

本殿

安倍晴明神社の本殿

本殿

安倍晴明神社の授与品その他安倍晴明神社の建物その他

安倍晴明産湯井の跡

安倍晴明神社の建物その他

鎮石(しずみいし)またの名を「孕み石(はらみいし)」と呼ばれており、元々は古代船の錨だった石です。それが安産を願う人により信仰され「孕み石」とされました。

安倍晴明神社の狛犬

葛の葉の像

安倍晴明神社の建物その他

奏名稲荷の扁額

安倍晴明神社の像

余談写真 お迎え人形・安部保名 *これはこの神社にはありません。

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歴史

葛乃葉(くずのは)伝説』によると、晴明の父は大阪市阿倍野区阿倍野の出身とされています。以下、引用文です。

「いまから千年以上昔、阿倍野に安倍保名(あべのやすな)という男が住んでいました。あるとき、和泉(いずみ)の信田明神(しのだみょうじん)にお参りをすませて帰ろうとした保名の元へ、狩りで追われた白狐が逃げてきて、これをかくまってあげました。
その後、白狐は女の人になって、保名のところへ来ます。名前は葛乃葉と名乗りました。ふたりは結婚して阿部神社の近くに住み、やがて子供が生まれ、安倍童子(あべのどうじ・晴明の幼名)と名付けました。」

狐は古来から、霊力を持った動物として崇められており、白狐であった母親を持つ晴明は、天才陰陽師として君臨することになるのです。晴明が阿倍野の出身というのは、安倍晴明神社の記録としても残っています。安倍晴明神社に伝わる『安倍晴明宮御社伝書』には、安倍晴明が亡くなったことを惜しんだ上皇が、生誕の地に晴明を祭らせることを晴明の子孫に命じ、亡くなって二年後の寛弘四年(1007年)に完成したのが、安倍晴明神社であると記載されています。

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安倍晴明神社の基本情報

住所大阪府大阪市阿倍野区阿倍野元町5-16
行き方

阪堺上町線東天下茶屋駅下車、東南へ徒歩5分

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名称安倍晴明神社
読み方あべせいめいじんじゃ
参拝時間

授与所は午前11時から午後4時まで。
上記以外の時間は、阿倍王子神社にて午前9時から午後5時まで対応してもらえます。

御朱印あり

二重線で描かれた五芒星と神社印の上に「安倍晴明神社」の墨書きが書かれている、シンプルなデザインの御朱印です。

限定御朱印なし
御朱印帳なし
電話番号06-6622-2565
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://abeouji.tonosama.jp/abeseimeijinja/index.html
おみくじあり
お守りあり
絵馬あり

詳細情報

ご祭神安倍晴明公
ご由緒

葛乃葉(くずのは)伝説』によると、晴明の父は大阪市阿倍野区阿倍野の出身とされています。以下、引用文です。

「いまから千年以上昔、阿倍野に安倍保名(あべのやすな)という男が住んでいました。あるとき、和泉(いずみ)の信田明神(しのだみょうじん)にお参りをすませて帰ろうとした保名の元へ、狩りで追われた白狐が逃げてきて、これをかくまってあげました。
その後、白狐は女の人になって、保名のところへ来ます。名前は葛乃葉と名乗りました。ふたりは結婚して阿部神社の近くに住み、やがて子供が生まれ、安倍童子(あべのどうじ・晴明の幼名)と名付けました。」

狐は古来から、霊力を持った動物として崇められており、白狐であった母親を持つ晴明は、天才陰陽師として君臨することになるのです。晴明が阿倍野の出身というのは、安倍晴明神社の記録としても残っています。安倍晴明神社に伝わる『安倍晴明宮御社伝書』には、安倍晴明が亡くなったことを惜しんだ上皇が、生誕の地に晴明を祭らせることを晴明の子孫に命じ、亡くなって二年後の寛弘四年(1007年)に完成したのが、安倍晴明神社であると記載されています。

体験伝説

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