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楽しみ方四天王寺のお参りの記録一覧
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3人姉妹の次女の妹に、初めての参拝に連れて来て頂きました。
妹三女と次女が良く、津の四天王寺の事を話してて、三女は、体調が悪く、中々実現しなくて、三女妹や、1度行きたいなぁ〜ってポツリと‥漏らし‥次女妹が、体調が良い時に、いつでも、連れて行くから‥先ずは、体調を無理せず、行きたいなぁって、行くって思える時に、行こうねって、妹2人で良く、話してた見たいでした。
三女は、余命宣告をされて折ました‥三女には、勿論知らせてはおりません、令和6年5月12日に、突然意識不明になり、救急車で病院へ運ばれて、4週間程の入院で、今思えば、奇跡的に助かったのだと思いますが、
その時の先生から、良くこの状態で生活されてましたねっと‥普通酸素濃度は、95以下になると、息苦しくなりしんどい状態、今の患者さんの状態は、80位有るかどうか?
運ばれる迄、三女は、急に立てなくなり、歩けなくなる、急にめまいがし、意識がなくなる、等で、あちら、こちらの、大きい病院や等受診しても、脳外科神経外科、内科脳神経外科、耳鼻咽喉科等、でも、喘息、めまい関係の検査や治療しか?検査は先生も考え無かったのか?令和6年5月12日に救急車て運ばれて、状態から、原因が分かる迄、のあの、あちら、こちらの、検査検査は、なんだったのかと!
令和6年5月12日原因から、その先の治療方法や、でも、今の状態は、厳しい状態で、本人の‥と先生から、言われて、何とか‥復活し、退院の前日に、先生から、10年、いや5年かな‥それも、今の状態での話で‥と余命宣告を頂きました。長女姉私同日69歳、次女62歳、三女54歳で、
姉よりも、先に、行くのか?それも、後良く持って、5年後に‥落胆は‥。
計り知れない程‥。
でも、今、考えると、三女が、令和7年9月18日に急に倒れ、発見したのが、見守りカメラを見てた、三女の子供長女で、救急車を三女長男嫁連絡してくれて、私は救急車隊員と同時位に着き、家の中へ、三女妹が倒れている姿見て、涙涙、救急隊から、あごに死後硬直が出てて、死後、30分やそこらでは、無いと説明、私、拝むようにお願いする‥1パ-セントでも、望みがあるならば、どうか、お願いします。お願い致します。助けて下さい‥お願いしました。救急隊は、分かりました。病院へ搬送しますっで、病院へ、19日深夜1時34分に、死亡診断書が‥病名 問脈流血障症でした。
全く、現在治療中の病気での死亡では、有りませんでした。
先生曰く、急悪くなって、ここ1週間から10日の間位に、急に体調が悪くなりましたねって!
後で、本当に後になって、気付きました。
三女妹は、亡くなる、役1年3ヶ月の間を、家族皆んなに、思い出や、思いを伝え、遺していったのだなと‥
私の古希旅行を、サプライズで、家族皆んなで、行きお祝いをしてくれました。家族皆んなに、お便りを書いてくれてました。葬式に流す音楽を、三曲三女の子供達に、もし、ママに何かが、有った時に、ベッドの枕元の棚見たいな此の中に入れて有るからと、三女子供の次女が令和7年8月30日に、北海道に嫁ぎ、北海道から里帰りを夫婦で帰って来てくれて、北海道へ次女が帰る時に、いつママが、どいにか?なるか?分からないから、先に渡して有ったようです。
長女姉として‥三女妹には‥流石、我が妹気味や、流石、三女妹の最後への心根、志は、到底、長女姉の私には、全く思う事や、考える事さえ、全く思う事さえ無くて‥ただただ、頭が下がる思いで胸がいっぱいになり、ただただ、泣くばかり、ただただ、心に余裕が無く、泣くばかりの今の私に、次女妹の、三女妹と四天王寺の事を、聞き、令和7年11月24日に、初参拝を実現させて、頂きました。
三女妹と、三姉妹での、初参拝って形て、三女妹と次女妹と、四天王寺への、発参拝には、本当に感動して、感無量で初参拝をした時に、四天王寺様への、参拝を毎月続けよう‥と、三姉妹の姉2人で固く心に決めて‥令和7年11月24日から、令和8年5月3日迄、御朱印記帳及び参拝を続けられたのは、毎月毎月、津の四天王寺様へ乗せてってくれてます‥次女妹に、心から、有難う、そして、三姉妹三女妹の分迄、長生きをして、参拝して、歩んで行こうと、心に決め、誓う今日この頃の三姉妹で有ります。
四天王寺さまには、境内に一歩入りますと、癒されて、癒されて、帰ってきてます。
長女姉、じ次女姉2人で、元気ならうちは、毎月四天王寺様に、参拝し御朱印記帳に御朱印を頂くのが、楽しみです。
とことこと、毎月、御朱印帳に御朱印を頂きに、参ります。



推古天皇元年(593)に建立。『日本書紀』の伝えるところでは、物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、自ら四天王像を彫り、この戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立しこの世の全ての人々を救済すると誓願され、勝利の後その誓いを果すために建立されたという。
日本仏法最初の寺、日本最古の官寺だとか、四天王寺式伽藍配置で高校時代に教えてもらった四天王寺に実際に訪れることができて感動した。
四天王寺は元々天台宗の寺だったが、戦後に聖徳太子の教えのもと、宗派にこだわらない和宗の総本山となったことは初めて知った。
西国三十三所巡り用の御朱印帳はあるが、寺院用の御朱印帳をまだ持っていなかったので四天王寺で購入させていただいた。

今日は塔巡りのプチツアー。
前から気になって調べてみたら、
西国巡礼の客番でしかも新西国33ヶ所のトップとなっていました。
新西国は正直まだ気乗りしません。
とりあえず御朱印帳ならぬ新西国専用の宝印帳があれば求めようと、出かけました。
猛暑が続いていた中、今日は曇り。ラッキーです。
北側から回り込んで、と。人が多い。
お盆ですもんね、そこへ外人さんがこれでもかと押し寄せてきます。
五重塔は鉄筋コンクリート造り、でも格好良く作られてます。
中は変則的な螺旋階段で五層まで登れました。でも暑い。
写真撮りたいんだが、外人が用も無いのにずっといて邪魔。
本堂は入場が制限されて入れませんでした、外から合掌。
納経所で聞いたらありました、新西国専用の宝印帳、思わず買い求め、御朱印をいただき新たな出発に気持ちを高めました。
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