たまつくりいなりじんじゃ
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楽しみ方玉造稲荷神社のお参りの記録一覧
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マリリンちゃん
2022年09月23日(金)10投稿

cherry
2022年05月26日(木)233投稿

ちりん
2022年05月08日(日)76投稿

穏暖
2022年01月22日(土)867投稿

ねむのき
2022年01月08日(土)785投稿

らんでぃー
2021年11月28日(日)388投稿
大阪市中央区玉造に鎮座する玉造稲荷神社を参拝いたしました。 社伝によると蘇我氏と物部氏の戦いの際、聖徳太子がこの地に観音堂を建立し戦勝を祈願したとされます。 豊臣時代には、この地が大阪城の三ノ丸に位置するとの事で、その鎮守社として豊臣家から篤い崇敬を受け、戦国時代に戦火で荒廃した後も、豊臣秀頼により社殿を再建されたそうです。 しかしその後も大阪夏の陣にて再び社殿は消失するものの、豊臣時代に引き続いて徳川時代も大阪城の鎮守として豊津稲荷社と称し、その信仰は引き継がれたとされています。 境内には豊臣秀頼公奉納の鳥居(阪神淡路大震災での損傷で上部のみ残された半鳥居)や豊臣秀頼公と母・淀殿を結ぶ卵膜・胎盤などの胞衣(えな/よな)が鎮まる境内末社「胞衣塚大明神」など豊臣家との縁の史跡があります。 また玉造禰宜町に屋敷を構えていた千利休にあやかって造られた「利休井」や、玉造の地が古代、大和朝廷に関わる勾玉を作成する人々の住居地だったことで「難波玉造資料館」など見どころが多いです。 参拝した日はお天気も良く、神木である「夫婦銀杏」が黄金色に色づき綺麗でした。
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