たまつくりいなりじんじゃ
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楽しみ方玉造稲荷神社のお参りの記録一覧(3ページ目)

大阪市内にある【玉造稲荷神社⛩】に行ってきました。
恋キツネ絵馬がとても可愛く、祈願して参りました。

絵馬
恋愛成就 夫婦円満

御朱印➕しおり

御朱印①

鳥居

本殿

恋キツネ

鳥居

景観

日本書紀にも記された玉造稲荷神社。
創建は垂仁天皇18年(西暦紀元前12)と伝えられます。古代、付近一帯は「玉作岡」と呼ばれ、勾玉(まがたま)などをつくる玉作部が居住しており、それが現在の玉造の名の起こりとなりました。
豊臣徳川時代には大阪城の守護神として知られ、またここで豊臣秀吉・秀頼・淀殿などが千利休のお点前で茶会を催していたそうです。
秀頼奉納の鳥居や千利休顕彰碑などがあり、その時代にすごくゆかりのあった場所だったことが伺えました




鮮やかな飾り模様

豊臣秀頼像

秀頼奉納の鳥居
阪神大震災で損傷を受け、上部と脚部を分けて保存されています

千利休顕彰碑

胎盤や卵膜!すごいです


いろいろな歴史が詰まっている神社です




御朱印と一緒にいただきました


現在の玉造になった起源の玉作岡

大阪市内への参拝。はじめは玉造稲荷神社、はじめての参拝です。社標よこから参道をあがると小ぶりな本殿?へ。参拝される方が結構いらっしゃいました。衣食住、生活の神様ですので、生活が安定しますように。

初詣御朱印いただきました。

社標横を本殿へ。

階段を登り鳥居を潜ります。


こちらが本殿でしょうか?拝殿かもしれませんがちょっと分かりませんでした。

豊臣秀頼公。良い人だったそうです。

【玉造稲荷神社】
通常の御朱印は直書き可能との事ですが、お正月の期間は限定御朱印の書置きのみご対応くださいます。十年ぶりほどの久々の参拝。以前に何度か参拝した事があるお稲荷さん。境内がだいぶ明るく綺麗になっていました。昔は勾玉作りが盛んな土地だったようでお守りも勾玉の形だったりします。昔はケーキ屋さんパン屋さん巡りでこの地によく訪れて他の神社は立ち寄らず、なぜかこちらのお稲荷さんだけ毎回参拝していました。

書置き
武信稲荷神社の御朱印帳に拝受



手水舎は利用できません。


昔はもっと立体的な絵馬でした。我が家に置き物として飾っています。





玉造駅から神社へ向かう途中に小さな祠と立派な御神木が祀られていました。

勾玉型の栞

大阪市中央区玉造に鎮座する玉造稲荷神社を参拝いたしました。 社伝によると蘇我氏と物部氏の戦いの際、聖徳太子がこの地に観音堂を建立し戦勝を祈願したとされます。 豊臣時代には、この地が大阪城の三ノ丸に位置するとの事で、その鎮守社として豊臣家から篤い崇敬を受け、戦国時代に戦火で荒廃した後も、豊臣秀頼により社殿を再建されたそうです。 しかしその後も大阪夏の陣にて再び社殿は消失するものの、豊臣時代に引き続いて徳川時代も大阪城の鎮守として豊津稲荷社と称し、その信仰は引き継がれたとされています。 境内には豊臣秀頼公奉納の鳥居(阪神淡路大震災での損傷で上部のみ残された半鳥居)や豊臣秀頼公と母・淀殿を結ぶ卵膜・胎盤などの胞衣(えな/よな)が鎮まる境内末社「胞衣塚大明神」など豊臣家との縁の史跡があります。 また玉造禰宜町に屋敷を構えていた千利休にあやかって造られた「利休井」や、玉造の地が古代、大和朝廷に関わる勾玉を作成する人々の住居地だったことで「難波玉造資料館」など見どころが多いです。 参拝した日はお天気も良く、神木である「夫婦銀杏」が黄金色に色づき綺麗でした。

玉造稲荷神社・神社名碑

玉造稲荷神社・由緒書

玉造稲荷神社・鳥居

玉造稲荷神社・手水舎

玉造稲荷神社・狛犬(阿)

玉造稲荷神社・狛犬(吽)

玉造稲荷神社・拝殿

玉造稲荷神社・利休井

玉造稲荷神社・神木「夫婦銀杏」
鮮やかな黄色に色づています。

玉造稲荷神社・豊臣秀頼公像

玉造稲荷神社・半鳥居
豊臣秀頼公奉納の鳥居だそうです。 阪神淡路大震災の被害で損傷が著しく、上部のみ境内に移築され残されました。

玉造稲荷神社・境内末社「胞衣塚大明神」

玉造稲荷神社・境内「万慶稲荷神社」「新山稲荷神社」

玉造稲荷神社・梅薬師 道祖神

御朱印
玉造のお稲荷さん
大阪城から南、長堀通りまでの間にある住宅街というかなんというか。学校が多い。
駐車場境内。
「玉造稲荷神社」の石標(「玉造」の部分だけ上から貼ってある感じなのは、発注してから間違えたのか??)の横を通り階段で、石鳥居。
鳥居をくぐり正面が朱色の拝殿。
拝殿前に千利休の屋敷が玉造にあったことから「利休井」がある。
拝殿右側を進むと境内社、道祖神、秀頼奉納の鳥居が地面にめり込み、千利休の顕彰碑、豊臣秀頼の像、変な形の博物館。
やや高台にあるけど大阪城は見えない。
「玉造」といえば、聖徳太子が物部守屋と戦った際にこの地で陣を敷き戦勝祈願したことや大阪城の鎮守神となったことがあるが、そんなことより「玉造」といえば、前田利家や宇喜多秀家の邸跡があったところ。後、千利休も。
といっても全く邸跡の要素がない。石碑もなし。前田利家は玉造の前田屋敷で亡くなっている。
大阪城に近いので登城するの楽ですな。

入り口。他に入り口がもう1箇所ある

鳥居

拝殿

狐さんの絵馬

末社

めり込む鳥居

ほっぺたぷっくり系秀頼様
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