にうかわかみじんじゃ(しもしゃ)
丹生川上神社(下社)奈良県 下市口駅
授与所:08:00〜17:00
この日、最後にお詣りに向かったのは丹生川上神社下社様です。
丹生川上神社下社様は飛鳥時代に天武天皇によって675年に創建された御社様で、歴史上どの時代にも最高位の社格を有しています。
御祭神は雨乞いの神で日本最古の水神である闇龗神(くらおかみのかみ)をお祀りされています。
また丹生山の山頂の本殿まで続く木製の75段の屋根付き階(きざはし)は、角度が急で天に向かって伸びているようです。
駐車場に到着すると神馬が二頭のお出迎えがあり驚きました。白馬の方がすぐ近くまでに寄ってきてくれて撫でたい衝動に駆られましたが、おさわりはNGなので我満しました(^^;
帰り道
細君「ちょっと前に急に悪寒が走って、凄い鳥肌が立ったことがあったんよ」
細君「それから身体がダルくて何をするのも億劫で、考え事したらネガティブな方に向くような感じ」
細君「ちょっとしたことでイライラしたり、涙が出てきたり」
細君「でも今日お詣りさせてもらったら一社一社で、だんだんモヤが晴れるみたいな感覚になって、今はホンマにスッキリしてるわぁ」
偶然に偶然が重なっただけとは思うのですが…
神様に呼ばれていたのは細君?
帰り道で車のナビは普通に起動していました(^^;)
大和国吉野郡の名神大社論社であり二十二社の下八社です。古来より祈雨と止雨の祈願を貴船神社と同様に朝廷から奉幣を受けて行っていましたが、応仁の乱以降その所在は不明となり、江戸初期に丹生大明神と名乗っていた当社がその後裔社であるとして崇敬を集め、現3社の同名社の中では一番最初にその名前を名乗っていました。
現在の上社を奥の宮とし、当社が口の宮と位置付けられていたことが下社の由来となっています。
《鳥居と社号碑》
当社と中社は川の近くに鎮座しており、周辺の風景が割と似通っています。
《神馬広場》
普段はお神馬の2頭がこちらで放し飼いにされています。この日は雨のためいらっしゃらず。
《御食の井》
《手水舎》
珍しく未だに使えなくなっていますが、隣の御食の井から水が出ています。
《境内》
裏では深い山の麓になっており巨木がたくさん確認できます。
《二の鳥居と拝殿》
《御神水の井戸》
《御神木》
《本殿までの回廊》
👁チェックポイント‼️
6/1の例祭の翌日のみこの回廊が解放され、拝殿を通って本殿でお参りすることができます。
先程の御食の井で行える大祓の人形流し、そして放し飼いされ帰りの時間になると自分で柵を開け馬房に帰るお神馬さん、3社の丹生川上神社の中では一番境内がその信仰に由来したバラエティに富んだ施設を用意していると感じました。
《馬房》
今日は2頭ともお部屋の中。外に出たいのか白馬さまは馬房の柵にぐいっぽをしていました。そして止雨の時奉納される白馬さまだけ見えるということはこれはそのうち雨が止むことを意味しているのでは…!?(結局止まず)
《三社巡り御朱印台紙》
3社分の御朱印を押してもらえる和紙の台紙がありますが、今年が辰年ということで期間限定のものが用意されてました。
《絵馬》
祈願の度にその願いに応じた色の馬を奉納していたその由来が現在の絵馬の祈願とされています。
名称 | 丹生川上神社(下社) |
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読み方 | にうかわかみじんじゃ(しもしゃ) |
参拝時間 | 授与所:08:00〜17:00 |
参拝にかかる時間 | 約15分 |
参拝料 | なし |
トイレ | 隣の丹生小学校長谷分校跡にあり |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
電話番号 | 0747-58-0823 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
お守り | あり |
SNS |
二十二社 | |
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神仏霊場巡拝の道 |
ご祭神 | 闇龗神 |
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創建時代 | 白鳳三年(675年) |
創始者 | 不詳 |
本殿 | 三間社流造 |
体験 | 祈祷おみくじお宮参り絵馬七五三御朱印お守り祭り札所・七福神巡り |
概要 | 丹生川上神社下社(にうかわかみじんじゃしもしゃ)は、奈良県吉野郡下市町長谷(ながたに)にある神社。式内社(名神大社)および二十二社(下八社)の論社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 社名は川上村の丹生川上神社上社に対するものである。 |
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歴史 | 歴史[編集] 上古の由緒は不詳で、土地の古老の伝えに、丹生社の鳥居が洪水によって流されてきたので、それを拾って神体として祀ったのが創祀であるという[1]が、当神社背後の丹生山山頂に、祭祀遺跡と思しき矩形の石群があること、また、社前を流れる丹生川流域には丹生神社が点在すること、かつては付近に、御酒井・五色井・吹分井・御食井・祈願井・御手洗井・罔象女井・降臨井・鍛人井といった多くの井戸が湧出していたことなどから、古くからの水神信仰があった可能性もある。 江戸時代前期以降、式内社の所在地についての考証が盛んになると、「式内大社 丹生川上神社」については当時「丹生大明神」と称していた当神社に比定...Wikipediaで続きを読む |
引用元情報 | 「丹生川上神社下社」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E4%B8%B9%E7%94%9F%E5%B7%9D%E4%B8%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E4%B8%8B%E7%A4%BE&oldid=102432765 |
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