よしみずじんじゃ
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楽しみ方𠮷水神社(吉水神社)のお参りの記録一覧
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【奈良県 吉野町】(よしみずじんじゃ)
こちらの参拝作法は「2礼→17拍手→1拝」神様が十七神おみえであることから、17回拍手するそうです。間違い防止のため「4拍手を4回繰り返し、最後に1拍手」が良いそうです。知らずに参拝した自分の隣に若い女性が2人して拍手を打たれ、いったい何が始まったのかと思っちゃいました。
南北朝時代「後醍醐天皇」が吉野に潜幸した際には、「吉水院」の宗信法印の援護を受け吉水院に「行宮(あんぐう)」を設け居所としました。後醍醐天皇の崩御の後「後村上天皇」が後醍醐天皇の像を作って吉水院に奉安しています。歴史によっては、こちらが「皇居」となっていたかもしれません。後に「豊臣秀吉」が行った「吉野の花見」の際には吉水院はその本陣としていたそうです。

東南院様のお向かいの吉水神社様に向かいました。
メインの参道から少し下りて行き、最後に少し上ります。その道中に「吉水院」の寺標が残っているように、かつては役行者が開いた寺院でした。
明治の神仏分離の際に後醍醐院の皇居であった「吉水院」は「吉水神社」に改められました。
また源義経が静御前と共に吉水神社様に隠れ住みました。二人での最後の時を過ごした「潜居の間」が残っています。
境内には「一目千本」と呼ばれる名勝があり、中千本と上千本の桜を一望出来ます。一目見ると十年長生き出来る御利益があると言われています。
吉水神社様の参拝の作法は「二礼十七拍手一拝」です。
これは伊邪那岐大神と伊邪邦美大神までの「始まりの神」十七神に対する拝謝のためとされています。



【𠮷水神社(よしみずじんじゃ)】
𠮷水神社は、白鳳年間(7世紀後半)に金峯山寺の僧坊の𠮷水院(よしみずいん)として役行者(えんのぎょうじゃ)により建立されたと伝えられる。
1185(文治元)年、源頼朝の追手から逃れた源義経と静御前が弁慶らと共にこの𠮷水院に隠れ住まわれた。
1336(延元元)年、御醍醐天皇が京の花山院から吉野へと行幸された際、この𠮷水院を南朝の皇居とされ、ここに住まわれた。
1594(文禄3)年、豊臣秀吉が吉野で盛大な花見の宴をされた際、𠮷水院を花見の本陣とされ、数日間滞在された。
𠮷水神社にある書院は、日本住宅建築史上最古とされ、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の登録資産の一つ。源義経・後醍醐天皇・豊臣秀吉それぞれの時代の遺品や宝物が書院内に残されている。
-祭神ー
①後醍醐天皇…第96代天皇・南朝初代天皇(在位:1318-1339)。神徳:学芸上達・諸願成就。
②楠木正成…南朝の功臣・忠臣。神徳:難関突破・開運招福。
他1神(𠮷水宗信法印公)
~吉野を巡る(3/7)~
秀吉の一目千本で有名な神社です。手前の方は散っていますが、奥の方まで咲く桜のスケールに感動しました。

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