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神祇伯
2026年05月29日(金)1809投稿
大和国宇智郡の式内社です。社名の「杣」とは元来かつての権力者が自身の邸宅の建築用材を用立てるために所有した山林のことを指しており、当社もその鎮座地からその由来に近い神社であったと思われます。
現在は五條市に点在する御霊神社の分社の一つとされています。

《表参道》
右手には龍田大社の御祭神を祀る末社、左手に駐車場があります。

《由緒書き》
五條市内の御霊神社は霊安寺町にある同名社を本宮としており、当地を治めていた豪族である牧野氏と吉原氏の間で論争が起こったことで土地が分割され、その度に当時霊安寺にあった御霊神社から宮分けを行っていき、現在では22の同名社があります。
1件
境内・文化財
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写真

《磐境神社》
👁チェックポイント‼️
現在この後ろ側にある巨石を祀る小社が建てられていますが、元からこの地に鎮座している落杣神社は本来こちらの巨石を祀っていたとされ、磐座信仰の神社だったようです。
当地には阪合部連という豪族が治めており、海上安全・農耕・勝負・そして木の神さまとして崇敬されていたとされています。
ちなみにこの阪合部連も職人一族(品部)なのですが、この方々の職掌は…「境界の画定」なんだそうです。かっこええ…

《黒駒古墳》
境内の右手奥の階段を降りていくとその途中にあります。


《末社群③》

《お手洗い》

《末社群②》

《本殿と末社群》
本殿はこの辺りでは数少ない流造で、江戸時代の元禄文化のようなカラフルな色使いの意匠が施されており、現在は県指定文化財になっています。

《拝殿上の扁額》🙏

《拝殿》
当社に御霊神社が祀られたのは、上述の牧野氏と吉原氏の対立によって村々が分裂していき、独立するたびに宮分けが行われ、当地の阪合部郷にも御霊神社が宮分けされることになりました。その際御分霊を乗せた馬がこの黒駒の里を通りかかった時に馬が立ち止まって動かなくなってしまいます。村人たちは御霊さんがこの土地を気に入ったと考え、落杣神社の境内に祀ったとされています。

《手水舎》
蛇口を捻ると水が出ます。洗ひつるここも…(略)

《鳥居》
額束には落杣神社と御霊宮大明神とそれぞれ書かれた扁額があります。

《由緒書き》
五條市内の御霊神社は霊安寺町にある同名社を本宮としており、当地を治めていた豪族である牧野氏と吉原氏の間で論争が起こったことで土地が分割され、その度に当時霊安寺にあった御霊神社から宮分けを行っていき、現在では22の同名社があります。
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御霊神社・落杣神社の情報
| 住所 | 奈良県五條市黒駒町376 |
|---|---|
| 行き方 |
御霊神社・落杣神社の基本情報
| 名称 | 御霊神社・落杣神社 |
|---|---|
| 読み方 | ごりょうじんじゃ・おちそまのじんじゃ |
| 通称 | 御霊さん |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》井上内親王 |
|---|---|
| 創建時代 | 嘉禎4年(1238年) |
| 本殿 | 一間社流造 |
| ご由緒 | 落杣神社は[延喜式内社]にして、御霊神社の右、境内山林斜面を降ると古墳有り、その下の巨岩の前に鎮座す。近年に至り、御霊神社に合せ祀る事となった。 |
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最終更新:2026年06月12日(金) 17時11分36秒
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