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橿原神宮のお参りの記録一覧
奈良県 橿原神宮前駅

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四季
四季
2022年05月07日(土)561投稿

畝傍山東北陵
橿原神宮

~❁『春の特別参拝と重文 織田家 柳本陣屋御殿「文華殿」特別公開』❁~

樫葉とどんぐりと金鵄

主祭神 神武天皇
    媛蹈鞴五十鈴媛命
社格等 旧官幣大社
    勅祭社
    別表神社
創建  1890年(明治23年)
例祭  2月11日(紀元祭)
札所等
 神仏霊場巡拝の道第33番(奈良第20番)

特別参拝と共に、織田信長の弟、織田有楽斎の五男・尚長(ひさなが)公を藩祖とする柳本藩の陣屋御殿が、天理市の柳本町から橿原神宮ヘ移築された建物「文華殿」の保存修理中の様子が特別公開。

期間 :令和4年4月22日(金)~5月8日(日)
時間 : 9時30分~15時15分
参拝料:2,000円
   (未就学児は無料)

通常は外拝殿より参拝になりますが、本殿により近い内拝殿での特別参拝ができました。

内拝殿では、御幣をお供えし、御祭神の「開運招福・健康延寿」の御神徳をお受けし、内拝殿からだと本来は見えない「本殿」を見ることが出来ました。
神官さまのご丁寧なお導きによる特別参拝で、詳細をご説明頂き、忘れることのない素晴らしい時間を頂戴できました。

橿原神宮の本殿は京都御所の賢所(かしこどころ)を移築したものが使用されている非常に珍しい御本殿です。

特別参拝と共に、織田信長の弟、織田有楽斎の五男・尚長(ひさなが)を藩祖とする柳本藩の陣屋御殿が、天理市の柳本町から橿原神宮ヘ移築された建物「文華殿」の保存修理中の様子を特別公開されていました。

「文華殿」 は、織田信長の弟、織田有楽斎の五男・尚長(ひさなが)公を藩祖とする柳本藩の陣屋御殿が、天理市の柳本町から橿原神宮ヘ移築された建物たそうです。
陣屋御殿のうち表向御殿の[大書院(おおじょいん)]と[玄関] にあたり、 文政13年(1830) に一度焼失し、 天保15年(1844) に再建されています。
時を経て、 明治10年(1877) より柳本小学校の校舎として使用されていましたが、校舎の改築計画に伴って撤去されるところを、 地元から復原保存を条件に橿原神宮へ奉納されました。(※橿原神宮HPより引用)

御由緒
初代天皇である神武天皇と皇后の媛蹈鞴五十鈴媛命を祀るため、神武天皇の宮(畝傍橿原の宮)があったとされるこの地に、橿原神宮創建の民間有志の請願に感銘を受けた明治天皇により、1890年(明治23年)4月2日に官幣大社として創建されました。
橿原神宮の設計は、東京帝国大学(現・東京大学)名誉教授を務めた伊東忠太氏によって行われました。

令和元年05月03日
皇后陛下 (現上皇后陛下)
御歌碑

遠つ世の 風ひそかにも 聴くごとく
樫の葉そよぐ 参道を行く

~・~・~・~

「畝傍山東北陵(うねびやまのうしとらのすみのみささぎ)」
神武天皇がお眠りになる陵墓で、畝傍山の東北の麓にあります。円丘で周囲約100m、高さ約5.5m。橿原神宮から神武天皇陵へ行くときは、北神門から出て、森厳な北参道を通って行くことができます。
周辺には第2代・綏靖(すいぜい)天皇、第3代・安寧(あんねい)天皇、第4代・懿徳(いとく)天皇などの御陵が点在しています。
神武天皇御陵は、皇室と深いゆかりのある場所。
平成31年3月26日、天皇皇后両陛下(現在の上皇上皇后)が神武天皇陵を訪ねて「親謁(しんえつ)の儀」で神武天皇に退位をご奉告されたこところです。
令和4年4月22日には秋篠宮御夫妻がプライベートでお訪ねになりました。

奈良県橿原市久米町934

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